2018年12月12日 (水)

簡単な枠取りほど成功しない

 入り易し、成りがたし

 入りがたし、成り易し

 簡単に枠取り出来るようなものは成功しない。

 難しいものほど簡単に成功する。

 成功している人は実は簡単に成功している。

 それは難しいものを手掛けているからだ。

2018年12月11日 (火)

ナンバーワンの「枠取り」が出来るか

 ナンバーワンの「枠取り」が出来るかで、その部門の成否が決まる。

 枠取り自体は、例えば新規事業をおこせば、誰でも勝手に出来るかも知れない。しかし、それがナンバーワンのものでなければその部門で生きてゆけない。

 行列が出来るラーメン屋の隣にラーメン屋を開き、自分なりの「枠取り」をしても、「枠取り」自体が二番煎じのものではいくらそこで頑張っても‟ひんしゅく”を買うだけだろう。

 成功するためには、ナンバーワンの「枠取り」かどうか検証しなければならない。

人生は「枠取り」

 どれだけ頑張るかで人生が決まるのではない。まず、その人が活躍できる「枠を取れるか」が大事だ。

 「枠」が取れなければ、活躍したくても出来ない。あの会社で働きたいと思っても、その会社に「空き枠」が無ければ入れないのだ。

 枠が無ければ、新しい需要の「新しい枠」を自分で創造するしかない。いずれにせよ、仕事をする前に何らかの「枠」が取れているか確認しないと、いくら頑張ってもすぐ頓挫する。

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 私が銀行を辞めたことで、同僚や後輩は内心大変喜んだ。「ポスト(枠)」が一つ空いたからだ。

 私は私で、お墓屋という「枠」がたまたま空いていたので助かった。霊園という「枠」も空いていたからお客様がいっぱい来た。

 活躍する「枠」を見つけることが先決だ。

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 安倍さんも、「首相というポスト(枠)」を得なかったら、現在のような活躍は出来ないのだ。

2018年12月 9日 (日)

得るということは見えなくなること

 「失う」ということは、新しいものを手にするということ。とすれば、「得る」ということは何かを失うということ。大事なものが見えなくなるということ。

 誰も考えつかないような特許や一関霊園など常に新しいものを手にしているのは、その前に多くのものを失ってきたからだ。(最初は銀行員を捨てたところからはじまる・・・。)

 逆に、得たことによって大事なものが見えなくなっていたこともある。そういう時は、大失敗するものだ。

 これを繰り返しているから致命傷にならないで済んでいる。得てばかりいて調子に乗り過ぎていると、地獄に落ちて再起不能になってしまうだろう。

 失うのは悲しいことだけど、そこで踏ん張ればいいのだ。

次の世代で勝負

 今の世代で勝負できないものは、次の世代ですればいい。次の世代で無理なら、次の次の世代のために今から準備すればいい。

 そういうスパンで考える人はいないから、勝てる確率が高くなる。

 私の当面の夢は、この会社を孫の聖君に三代目として継いでもらうことだ。(二代目は現在の娘夫婦)

 単に継いでもらいたいということではない。後を継げるような魅力的な会社にしなくてはならないという意味である。

 聖君に対する希望と言うより、必ず進化続けてゆけるという自分自身に対する期待である。

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 根底には、若い世代が都会に奪われてゆくのが悔しいという思いがある。田舎にいても生きていける、日本一の技術を持ちたいというのが夢である。

 「田舎は田畑だけ」ということではダメだ。

2018年12月 8日 (土)

300年生き残れる会社に出来るか

 300年生き残れる会社に出来るだろうか。

 最低でも、3代100年が目標だ。

 そのためには、常に伸びしろが大きい分野を手掛けてゆかなければならない。

楽しいことをやる

 それから、楽しいことをやればいいのではないかと考えている。

 20歳まではとにかく勉強して、20歳から40歳までは与えられた仕事を一生懸命こなし、40歳から60歳までは全くゼロから自分の特性に従って仕事を立ち上げ、それぞれの世代で一応結果を出してきた。

 65歳から死ぬまでは楽しいことをやればいいのではないかと思う。それが与えられた義務、使命ではないだろうか・・・・と、真面目にしか考えられないところが私の実務的なところである。

頼まれたことをやる

 保護司や寺の総代など、頼まれたことをやっている。

 昨日は13:30~15:30まで保護司の研修会。市内の保護司約60人が参加。研修会では10人程度でグループになり課題の検討をする。

 私は分けられたグループ内でいつも進行役に指名されるようになった。昨日も「小野寺さん進行してよ」と言われたが、遠慮したり躊躇していると皆に迷惑がかかるから「ハイ、じゃ早速始めます」とすぐ受けるようにしている。

 何でも頼まれれば「やる」のが65歳の私が今できる精一杯のことだと思ったからだ。

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 その夜、母親に「65歳から死ぬまでどのように生きればいいか」と尋ねたら、「頼まれたことをやればいいんじゃない」と言われた。

 期せずして同じようなことを考えていたのだ。

 年とってからはあまり出しゃばらずに頼まれたこと、聞かれたことに一生懸命応えることだと思った。

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 寺の総代としては、庫裡建設に関して、図面作製、見積作成(資金計画)、施工業者選択、施工管理などそのほとんどを担当し完成させた。

 また、専属住職の新任にあたり、総会報告や各方面との契約文書などを作成する必要があったので、それらを担当した。

 なんか、私は実務をさせられるようになっているようだ。

2018年12月 7日 (金)

死という大枠で見ると

 「死」という大枠で人生をとらえると、

 お金や物に対する執着が小さくなる。

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 お金や物を持って墓に入れない。

 とすれば、どう生きればいいのか・・・ということ。

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 死ぬなんて、ずいぶん気の早いことを言っていると思うかも知れない。

 しかし、振り返れば40歳の時、このまま60歳まで働き、定年を迎えていいだろうかと疑問に思った。そうして、もっと経験を積もうと銀行を退職したが、あっという間に時間は過ぎ、もう65歳だ。

 小学校3年生で9歳の時、今は小さい自分も大人になり、会社に勤めるだろうという、訳の分からない不安に包まれていた。

 その自分があっという間に22歳になり、銀行に通う通勤バスの吊革にすがっていた。まるで時空を瞬間移動したみたいだとその時感じたものだ。

 ここまでくれば、死なんて、すぐやって来る。

«死ぬために生きる