2019年4月18日 (木)

時間に追いかけられる

 時間を追い越して生きていると安心していたら、急に時間に追いかけられるようになった。

 難しい図面が一気に何件も押し寄せてきた。何としても仕上げなければならない。私なら必ず出来ると信じているけど、気が抜けなくなった。

2019年4月17日 (水)

成功している人

 成功している人は、人知れず「2倍の努力」をしているだけである。そして、そういう努力が当たり前だと前向きに考えているから、苦労が一切顔に現れず、生まれながらに幸福のような豊かな顔をしているのである。

 逆に貧しい人は、少ししか仕事をしていないだけである。そして、少し仕事をしただけで大変な努力をしたように考え、いつも苦しいと不満を言うのである。

2019年4月16日 (火)

一つの目的地に行くために倍の道のりを要する

 大島大橋は迷路のような道を行かなければならない場所にあった。しかし、あれほど有名になった橋にもかかわらず、国道45号線から枝道に入るのだが案内板が全くない。また、その枝道からまた一つ枝道に入るのだがそこにも標識がない。

 というわけで、2倍時間かかったので到着したときの安心感、感動も大きかったのだが、そこで思った。もしかしたら、人生ってある目的地に行くのに倍の道のりを要するようになっているのではないのかと。

 だから、普通の人は「これだけ頑張っているのにどうして目的が達成できないのか」と言ってあきらめてしまうのだ。2倍やらなければ到達しないのに1.5倍であきらめているのかも知れない。1・9倍であきらめているのかも知れない。

 最初から10行くのに20進まなければならないと教えてくれる人は誰もいない。2倍努力すればいいと励ましてくれる人はいない。成功する人は、2倍、3倍努力する人。たったそれだけのことなのに・・・・・。定時に出勤して定時に帰る。そして普通以上の生活したいと物を買う。お金が貯まる訳がない。

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 私のことを言うのもはばかるけど、銀行員当時、夜9時~10時帰りは普通だった。時間外手当なんか当然もらえないけど、仕事が面白くて仕方がなかった。研究したり整理することも多かったが、それが楽しかった。それをほとんど毎日10年以上続けた。

 結局、銀行員としてやることをすべてやり尽くしたので、辞めて別のことをするしか道は無かった。私は新しい道に踏み出し、いつものように3倍努力した。それが現在につながっている。大成功していると思う。

大島大橋渡ってくる

 気仙沼店に行くついでに今月7日開通した大島大橋渡ってくる。当社で最初に渡ることになるらしい。

2019年4月15日 (月)

特許申請

 新型墓石の特許申請書類を作成しなければならない。画期的な商品は特許を取っておくことが商売する上での最低条件。特許は申請の仕方次第で成功したり却下されたりするから慎重にしなければならない。

 裁判が弁護士次第で勝訴したり敗訴になったりするのと全く同じ。

 振り返ってみると、本を書いたり、特許申請したり、裁判したり、広告出したり・・・、いつも何らかの文書を作成するのが私の仕事となっているような気がする。係争関係の文書は私のことばかりではなく、友人知人の分まで面倒見ている。当然無料。

 要するに「おせっかい」なのだ。

2019年4月14日 (日)

朝のうちに一日分の仕事をする

 今日はいつものように朝のうちに一日分の仕事を終えた。

 最大の難関がお客様から依頼された繰り出し位牌に法名等を筆で書く仕事だったが、朝のパワーを使って一気に書いてしまった。私は書家ではないから書き始めるまでの筆の練習、気持ちの整理が必要。

 面倒な仕事は手掛けるまでに時間や日数がかかるので、頼まれたらすぐに概要を理解したり下準備していつでも作業に取り掛かれるようにしておかなければならない。そうして、徐々に自分を追い込んでゆくのだ。

 位牌も昨日のうちに収納箱から出して、書くべき対象の板を机の上に置き、紙に何回も下書きしておいたもの。最初から気合を入れようとすると結局何も出来ないから、気を使わないように‟遊び半分”でやるのがコツ。

 後はいつ本番をやるか。けがれていない朝一番の新鮮なパワーを使うのが一番である。しかも頼まれてから早い時期の方がより新鮮。そしたらやるのは必然的に「今でしょ」ということになる。

2019年4月13日 (土)

3時起き

 今日は朝3時前に起きて新作墓石の図面等をチェック。さらに「万人幸福の教え」の文章を修正。

 終わったら寝ようと思っていたら、夜が明けてきたのでそのまま続けて出勤。「気付き」即行。気が付いたらすぐメモしておかないと何に気付いたか、また気付いたことさえ忘れているものである。

 気付くということは常に課題を持って生活しているから。また、気付きの時間が早ければ早いほど新鮮なもの。特に目覚めの気付きは最上級のものである場合が多い。

 結局、今日一日いっぱい続きの仕事をしてしまった。

2019年4月12日 (金)

新型墓石完成

 7~8年前からずっと考えてきたけれどできなかった新型墓石の設計が突然できた。こんなに簡単なものが今までどうしてできなかったか。誰かのために新しい墓石を創らなければという強烈な思いが天に届いたのかも知れない。

 「千年の祈り」も7年以上かかって生み出したものだったが、誕生する「その時」は突然やって来るものだ。

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 発表は来春だから、また「時」を一つ追い越したことになる。来春が来て発表すればその時点で感動が消えるのだから、次々に新しい仕掛けを考えなければならない。そうすることが、「時」を追い越して生きるということ、時代を進歩させるということである。

 過去の実績を振り返り満足せず、常に未来を向いて「時」を追い越してゆく。死ぬまでこうして生きてゆく。振り返った時は心安らかに死ぬときである。

2019年4月11日 (木)

誰かのために頑張る

 自分のために頑張ろうとするより、誰かのために何とかしようと思うと力が出る。

 それは「愛」の力である。

 愛と言っても男女の愛ばかりではない。「家族愛」「人類愛」そういうレベルの愛である。

2019年4月10日 (水)

「時」を追い越して生きる

 たまたまではあるが、今は「時」より少し前を歩いている。私が先手で仕掛けていて、結果待ちの事案が数件あり、楽しみだからである。たとえば、「万人幸福の教え」は私の仕掛けは終わり、川嶋さんで仕上げる状態になっており、挿入写真などを含めどうできるか楽しみである。

 しかし、結果が出てしまえばその時点で楽しみが消える。したがって、結果が出る前に新しいことを仕掛けて、またその結果が出るのが楽しみという状況を常に保って暮らさなければならない。

 過去の功績を思い出して自画自賛するより、未来の自分に期待して生きる方がワクワクする。「時」を振り返って生きるのではない。「時」に追われるように生きるのではない。「時」を追いかけて生きるのではない。「時」を追い越して生きるということである。

«事業としては不得意なことはやらない