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2007年1月 5日 (金)

誤解しないように(解説)

[(相手の)全てを受け入れる]とは

  全てを受け入れるとは、相手の行動を容認するということではない。殺人なんて容認できるわけがないネ。ここで言いたいことは、相手を直そうとか正しい道を教えようとか、問題解決のために相手を変えようという態度をとってはいけないということなんだ。いろんな人間が(天の仕業によって)世の中に送り込まれているという現実をそのまま受け入れなさいということなんだ。天が、親として、配偶者として、子供として、または隣人として自分に授けたんだと気がつけば、それに対してどう向かい合ってゆくか自分で方針を決めるしかない。相手の顔が見えないところに避難するのもよし、相手の良い面を探し一緒にいるのもよし、自分の方を変えて対処しなさいということだ。それって簡単のようで実は一番難しいことではないかナ。場合によっては、強い忍耐力が試されるネ。相手に全ての責任を押しつける方が簡単だけれど、問題解決のためには結局自分の方を変えるしかないんだ。相手の全てを受け入れるということはそういう意味だヨ。

[いじめ]とは

  相手をからかったり、何か危害をくわえることばかりがいじめじゃないんだよネ。一番ひどいいじめは、相手を無視することだと言われているんだ。そんなひどいいじめをする人間なんていやだナ。相手に強いプレッシャーを与えているつもりかも知れないけど、そんなことをしたって何も解決なんかしないのサ。作用があれば必ず反作用が起きてお互いにまいってしまうんだ。ひどい場合犯罪の引き金になったりする。反対に、自分がいじめを受けたら、天が今自分を試しているのだと考え、公の場で正々堂々と取り上げられるように強くなるか、徹底的に逃げ切るか、覚悟を決めればよい。相手を恨んだり、相手を変えようとするんではなく、自分が変わればいいんだ。学生であれば自分の方からそんな学校に見切りをつけてもいいんだ!!捨てれば必ず拾う者あり、先のことは全く心配いらない。まず捨ててみなさい!!全てが天の仕業だと気づき、少々の苦難こそ自分を試すチャンスと受け止めて対応してみて下さい。       

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