« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月31日 (金)

理由は「単純」

 株価や為替が動くのも、「経済がどうのこうの」って難しいこと言ってるけど、実は「単純な理由」にもとづいてる。政治が動くのも同じ。それは「バランスの法則」だ。

 株は「売り」を各国の政府が強制的におさえたから、「買い」が優勢になっているだけ。バランスがとれてないからまた売られる。人間(各国政府)に「自然の法則」をとめる力はない。

 為替は、「低金利の円」をキャリートレードして「金利が高い海外」に持っていったものが、「通貨不信」による“海外通貨の暴落”をきっかけに、円の買い戻しが起こり円高になっている。バランスの修正はまだ途中、これからが円高(パニック)の本番。

 政治は、麻生総理が「政局(選挙)より経済対策が優先」って言ってるけど、自民党の選挙調査で、「今選挙やったら大差で自民党が負ける」という結果が出ているので、(選挙を)引き伸ばしているだけ。すごく単純な理由、自民党にとってバランスが悪いからやらないだけ。

 でも、昨日麻生総理が「3年後に消費税を上げる」って言ったので、これで選挙結果は決まった。浮動票の8割が自民党に投票しなくなる。

 世の中は「8対2の法則」でバランスがとれている。つまり、全体の2割の富裕層が、国家の財産の8割を支配しているのだという。財産においては富裕層が有利だが、選挙は平等で一人一票だ。人間は自分が不利になることに同意しない。 

 お金持ちもそうでない人も、税金が平等だという「消費税」の値上げを、100年に一度の不況時の今発表したら、国民の8割を占める一般人は納得しない。自分に不利(逆にお金持ちに有利)になるという単純な理由からだ。

 麻生総理の発言で、選挙の“焦点”は「消費税」になってしまった。これでは大勢から見離され、自民党は大敗するナ。

 「バランス」を見れば動く方向がわかる。もちろん一時的なパニック(バランス不調)も想定しなければならないが、それにも理由があり、そしていずれ元に戻る。

| | コメント (0)

2008年10月29日 (水)

成功の「真理」

 「お金」を求めたければ、物を「買わないこと」だ。「お金のほうを残す」ような生活をすればお金はどんどん貯まる。

 「仕事で成功しない」のは、「お金のために仕事をする」からである。「仕事」を求めるから「仕事」が来る。「お金」を求めても「仕事」は来ない。「お金」と「仕事」はむしろ「相反する関係」にある。

 「相場」も「お金のために」やるから失敗する。「株式を持つ必要のある人」が、株式相場でも生き残り、「不動産が好きで大切にしてきた人」が不動産バブルの恩恵をたまたま受けるだけだ。相場で儲けようとするほとんどの人は、単純に「相場自体が好き」なだけで、お金が好き(大切)なのではない。

 「お金のために事業や相場に参入」すれば、一時は「時代の寵児(花形)」ともてはやされたとしても、必ず破綻の結末をむかえる。国家破綻の危機にあるアイスランドは、まさにリーダーが「お金のため」にとった「(金利相場)政策」が破綻の原因だった。それは恐ろしい出来事だ。

 今一番ほしいのは「お金」か「仕事」か「休暇」か「株(相場)」か「家」か?それらは全て、お互いに「相反する」ものばかりだ。それらは、「他の何かでの成功をあて」にして求めるのではなく、「何かを犠牲」にしなければ得られないようになっている。「相場」が好きな人は、「お金や家を犠牲(損失)」にしなければならない。

 「失敗という名の犠牲」によって、成功(ほしいもの)が手に入る場合がある。でも、強制的に「失敗」させられるより、自らすすんで「犠牲」を選べば、「苦しみはいつも喜び」になる。

 ところで、人は「見るもの、聞くものに魅(ひ)かれる」ようになっているナ。本物(本当にほしいもの)を見ないで、「わき見」ばかりしていると、いつのまにか「わき見しているものが“本物”」になってしまうから要注意だネ。

| | コメント (2)

2008年10月28日 (火)

国家破綻!!

 アイスランドが国家破綻状態だ。国家管理となったアイスランド最大のカウプシング銀行が発行した社債500億円のサムライ債(日本向けの無担保社債)の利払いが不能となり、債務不履行となった。

 漁業中心の貧しい国が、高金利政策をすれば働かなくても「お金」が入ることに気づき、不動産の値上がりを背景に、金融立国として“人もうらやむ発展”を遂げてきたのだが、その不動産バブルがはじけ、一夜にして破綻の危機をむかえる事となったのだ。

 高金利社債だったため、日本の多くの金融機関や企業が買っているという。先月のリーマン・ブラザーズ社と同じで、投資資金がゼロになる可能性が出てきた。

 日本でも過去においては、北海道の夕張市で発行した地方債が、遊園地など派手な公共投資をしてきた市の財政破綻により、価値が無くなったことがあった。

 外国も日本も地方も銀行も信用できない。ましてや値上がりや配当を期待して投資している株式だってどうなるかわからないということで、株式から逃避する行動が、今激しい勢いでおこっている。

 企業価値も利回りも関係なく、とにかく売って現金にしておきたいという心情なのだ。「損得主義」で「利益を何よりも優先」させてきた結末、終焉(しゅうえん)のときがきているのかナ。

 今までの「考え方」では、その結末に必ず「破綻」を見る。新しい「価値観」が求められているのだ。(10月18日のブログを見てください。)

| | コメント (0)

2008年10月27日 (月)

失敗の原因は成功

 100年に一度あるかどうかの金融危機だという。「高金利のリーマン・ブラザーズ社債」の価値がゼロになったのは先月のこと、今度は「株式」に投資していた資産の価値が半分以下になっている。また、「金利が高い海外の銀行に預けていた預金」は、銀行破たんの危機で引き出し不能になっているものがあるという。

 危機の原因についてエコノミストなどがいろいろ言っているが、「人の心」に全ての原因がある。全ての失敗は、成功に起因している。そして成功のスケール(量)に比例して、大きな失敗がやってくる。

 「成功体験」を追い続けると、必ず「落とし穴」が待っている。他人のお金を借りてまで、成功(高金利)を“すざましい勢い”で追い求めた結果、今“すざましい勢い”で失敗(破綻)が訪れている。

 個人が突然被害にあっているのは、自分が「利益追求の大きな流れ」に乗っているということがわからなかったからだ。自分はたいした欲を出しているわけでないし、儲かっているわけでないのに、突然「破綻」の危機にさらされてしまったのは、「乗った船」がまずかったのだ。「木を見て森を見ず」、「木」は青々と繁っていたが、「森」に大火災が発生してしまったから、自分の「木」に延焼している。

 現在、傷口(火災)がどんどん広がっている最中にもかかわらず、成功体験が、「相場の読み」を“正反対”に狂わせてしまっている人も多い。もう、手を引き、止めるときなのに、逆に多くの資金を投入(ナンピン買い)してしまう過ちを犯しながら、さらに損失を大きくしているのが現状だ。「民間」の失敗を引き受けている「政府」もナンピン買いしてるのと同じだ。政府が入っても、状況が変わるものではない。

 「失敗の原因は成功」であるが、根本的には、「成功したい(できる)という“心”」が、失敗を呼び込んでいるのだ。「どんなえらい人でも、3度に1度は失敗したほうが身のため」、「謙虚さに生まれ変わらせたほうが、人間は伸びる」と松下幸之助は言っている。

 謙虚になりたい。

| | コメント (0)

2008年10月25日 (土)

いい加減な体質

 「自由が一番」、「規制反対」なんて言って、自分勝手に「儲かるシステム」作っては、さんざん儲けておいて、そのバブルがはじけ、システムが破綻したとたん、「政府の介入」、「税金による救済」を要求するのが「有能な金融マン」か。

 儲かるときは「自由主義」で、逆に損をすると、皆で仲良く「社会主義的な解決を」なんて主張するんだから銀行や証券マンっていい加減だよネ。破綻寸前のアイスランドのリーダーも金融マン体質だナ。「振り込め詐欺」となんら変わらない。

 他人の金で相撲を取る連中、他人のお金をあてにして生きてゆく体質に問題があるのだが、そんなことおかまいなしに、再び何兆円ものお金が「救済」の名目で投入されようとしている。

 「いい加減な体質」をそのまま“政府が買い取る”んだから、今度は「買い取った政府がいい加減になる」ナ。舞台が「民間」から「政府」に移っただけ、中身は何も変わっていない。この世はどこまでも、わけのわからない「金融」に支配されてゆくのだ。

 とすれば、国家を巻き込んで「お金」はこれから“大変な方向”に動いてゆく。インフレになるのか、デフレなのか。株、為替、金利はどうなるのか。100年に一度、一生に一度の大舞台が開幕した。

| | コメント (0)

2008年10月24日 (金)

意味のある人生を!!(パート2)

 過去の反省や後悔で過ごしたり、逆に過去の栄光に甘んじて生活することは、後ろを振り返るだけの人生だナ。

 過去の経験は参考するにとどめて、もう“未来に向かって”歩き出すのだ。過去に束縛されてはならない。

 今まで積み上げてきたものが、たとえ一瞬にして崩れ落ちたとしても、それは過去に後戻りしたのではない。偉大なる未来にとって、逃れることの出来ない「必然」、大きくなる者に与えられた「スクラップ&ビルド」の過程である。

 「なりたい自分」、「未来の自分」の姿が、今鮮明に心に描かれているか!!

 逆に、今までの自分を基準にして、(従来の)延長にいる自分を想像したのでは、未来はないナ。「過程があって結論がある」のではなく、「結論があって、それに向かう過程が作られる」のだ。それが人生なのだ!!

 私が銀行員のとき、いずれ(私は)支店長になり、もしかしたら(銀行の)役員をめざすものと誰もが考えていた。しかし私はそんな人たちの期待を裏切り、誰もが想像も出来ない人生を歩むことを考えていた。

 人間は「自分が思うとおりの人間になれる」ということを教えられたからである。そのときから私は、「まず未来の“なりたい自分”(結論)」から人生(過程)を考えるようになった。そして何十倍もすばらしい人生を歩いてきた。

 それが、「自分にとって意味のある人生」を生きるということだナ。

| | コメント (0)

2008年10月23日 (木)

事業家の後継者

 事業家の後継者は「財産」を引き継ぐ者ではない。「ノウハウ」を引き継ぐ者でもない。「意思」を引き継ぐ者でもない。

 事業家の後継者とは、自らしっかりと「サラリーマン(その会社に仕える者)」として生き抜き、さらにそこで「リーダー」として頭角をあらわす者でなければならない。

 そして、節約に努め、いざというときは「自ら節約し蓄えた資本」をたよりに、自らが信念とする方向に、「自分で小さな一歩を踏み出してゆくことができる者」の中から「縁」によって選ばれるものである。

 事業は事業家の「器(うつわ)=心構え」によってその規模が決まる。「器(うつわ)」は後継者に引き継がれることはなく、後継者自身の「器(うつわ)」によって全てが変わってゆく。

 事業家は後継者に任せた後、資本家、投資家としてその会社、もしくは世の中とかかわりあってゆくことになる。資本は、後継者が「自らの資金(または信用)」で買い取らない限り、一代限りと心得たほうが良い。

| | コメント (0)

2008年10月21日 (火)

意味のある人生を!!

 余命1か月となったら、今よりずっと、真剣に生きるでしょう。逆に言えば、今までの生活は、ニセものだったと感じられるのではないでしょうか。・・・・・・・・・・

 あと1週間の命となった時に、しなければならないことこそが、80年ないし100年の人生すべてを懸けなければならないことであり、人生の目的だ・・・・・・・・・・・

 死を前にしたら何の価値もなくなってしまうものは、最初から意味のないものだったのです。・・・・・・・・・

 栄えた国が没落し、1つの時代が終わるころ、その時代を総括して、何がよく、何が悪かったかをまとめる哲学が現れます。・・・・・・・

 人生のたそがれに夢から覚めたとき、何が大事で、何が大事でなかったのか、ハッキリします。(以上「男のための自分探し」伊藤健太郎著-1万年堂出版より)

 今まで、「木を見て、森を見てこなかった」ような気がする。 「生きる手段」にばかり気をとられて、「人生の目的」を見失っていたナ。

 「ぬけがらの人生」、「かりそめの人生」を脱し、今こそ真剣に「意味ある人生を」さぐり、歩いてゆきたい。

| | コメント (2)

2008年10月20日 (月)

ある日突然

 「ある日突然、二人黙るの♪ あんなにおしゃべりしていたけれど。」

 これは、トワエ・モア(デュエット歌手)が歌った詞だ。普通の“男女”が、ある日突然、お互いを“異性”として意識し始めたという内容だ。そのときから、「二人」が「恋人同士」という関係に変わってゆくのだ。

 ところで最近は、いままで何も考えないで食べていた「食品」が、ある日突然「農薬汚染の毒物」のように扱われたりしている。逆に「無農薬野菜」をずっと前から作り続けている人もいる。

 男女を恋人同士に、食品を毒物に、または超安全商品に、人間って「なんでもないもの」に「いろんな価値をつける」ことができるのだ。

 自分の「なんでもないような人生」に「意味を持たせることが出来る」のは自分自身だナ。そうすれば、同じことをやるにもアプローチが全く違ってくるんではないかナ。

| | コメント (0)

2008年10月19日 (日)

幸福な人生

 「意味ある人生」が「幸福な人生」だと。

 「幸福な人生」はそれ自体「意味ある人生」だと。たとえば、熱烈な恋の最中にいて、幸福を感じている人のことだと。

 一日をただ「ボー」っと過ごしているのではない。また誰がやっても同じような、マンネリの作業を繰り返しているのでもない。「意味あるその瞬間」に向けて今まさに準備中なのだ。

 要するに、「幸福」や「意味あり」のメリハリをはっきりさせなければ気がすまない性格だけなのかも。

| | コメント (0)

2008年10月18日 (土)

原因不明の病(やまい)

 原因不明の病(やまい)に襲われたり、突然の事故や「まさか」という事態に遭遇したという人の話をよく聞く。その人達は、「生き方を変える」ことによってそれらを克服したと話している。

 若いうちから住宅を建てたり、とかく損得計算に優れていると、「まさか」という事態が起きやすいみたいだナ。「そつ(無駄)ない生き方」や「超自分中心の考え方」が問題の原因なのか。自分の身に心当たりなければ先祖にさかのぼってみればいい。

 成功する人の生き方は「鈍(どん)」である。要領が悪くて、一つことをいつまでも手がけている。逆に「鋭(えい)」な生き方をする人は失敗しているナ。「鋭(えい)」とは才能があり、あれこれ手を出す人だ。

 全ての問題の原因が「鋭(えい)」にあり、それが救われるのは「鈍(どん)」な生き方に変えたときである。

| | コメント (0)

2008年10月17日 (金)

X(エックス)ディーは来週

 X(エックス)ディーはアメリカ時間の来週10月23日(木)だナ(日本営業時間は翌24日)。

 今、戦後最悪の景気後退期に入ったという。先月のリーマン・ブラザーズ破産が引き金になったが、それに至るまで欧米では狂ったような証券バブルが発生していたという。

 「仕事を始めたばかりの29歳の若者が高級車を乗り回し、年に約15億円も稼ぎ、無職の人が頭金なしで、4つも5つも家を買えるなんてことは歴史上なかった。ありえないことが起こっていた。」(本日付朝日新聞朝刊12頁)

 バブルは証券化され、世界中の投資家に、あたかも価値あるように装われ、ばらまかれていたが、それが一気に破綻したのだ。

 欧米の政治家が先頭に立って、今懸命にばんそうこうを貼っている。政治家は時の権力者である「資本家・投資家」の代表だから、なりふりかまわず、やりたい放題のわがまま政策?を打ち出しているところだ。

 しかしそれも限界だ。ナイアガラの滝を一週間程度で作った堤防で食い止めようとしているのと同じだ。その堤防がいよいよ崩れ落ち、証券市場が崩壊し、恐慌の幕が開かれようとしている。

 そのX(エックス)ディーは来週だナ。前月からのシナリオが1929年の大恐慌当時とあまりにも似ているからだ(20世紀全記録-講談社1929年10月欄)。

| | コメント (0)

2008年10月16日 (木)

南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)

 「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」。しかるに世の人つねにいわく、「悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや」。似ているようだが(後者では)本願他力の意趣に背(そむ)けり。

 そのゆえは、自力作善の人は、ひとえに他力をたのむ心欠けたるゆえに、弥陀(南無阿弥陀仏)の本願にあらず。しかれども、自力の心をひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生を遂ぐるなり。

 煩悩具足の我らは、いずれの行(ぎょう)にても生死(煩悩)を離るることあるべからざるを憐(あわ)れみたまいて願(がん)をおこしたまう本意は、悪人(煩悩にとりつかれている我ら)の成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人がもっとも往生する理由なり。

 これは「歎異抄(たんにしょう)」第三章の一節である(「歎異抄をひらく」高森顕徹著)。

 自分一人でもがいてきた人生は、実は何か大きな力によって守られていたのだろうか。私たちは「自力」で生きているようだけれども、その奥に「他力」がはたらいている事を見逃してはいなかったか。

 空一面が、雲(煩悩)に覆(おお)われていれば、本来は暗黒になるはずだが、こんなに世の中(人生)が明るく見えるのは、雲の上から太陽(他力)がはたらいているからである(「なぜ生きる」高森顕徹著意訳)。

 「なぜ生きる」、「人生の目的は何か」、その答えは、自分が生まれたときすでに他力(神)によって与えられているものなのかも知れない。他力が慮(おもんばか)れる。

| | コメント (0)

2008年10月15日 (水)

目がくらんで全てを失う

 「目がくらむ」とは、(魂が)迷って理性を失うことだ。

 じっと同じところばかり見ていると、目がくらむ。パチンコにすがっていたり、相場に釘づけになっていると、理性を失ってしまうんではないか。美人を目の前にして、じっと見ていると次第に我を忘れてくるのと同じ?だ。全てを失うまで正気に戻ることはないナ。

 一つ成功を経験すると、そればかりを追い続けるうち、理性を失ってついには地獄に落ちる。それは恐ろしいものだ。「一つところを見る」って非常に危険だナ。

 広いアメリカ大陸の道を自動車で走っていると、道路標識に衝突している車をよく見るという。周りに何もないので、たまたま立っている標識に目が行き、じっと見ているうちに引き込まれるように衝突するのだという。

 それさえわかっていれば、もう「じっと一つところを見る」ことはしない。「木」から目を離し、「森」全体に気を配れ。わざわざ火中の栗を拾うこともない。今こそ目先の物事から離れ、「真理」について考えるのだ。

| | コメント (0)

2008年10月13日 (月)

「損」とれ!!

 「負けるが勝ち」とか「損して得とれ」なんて言うけど、結局「勝ちたい」、「得したい」ではないの?「勝つ」ため「得する」ためには手段を選ばないってふうに聞こえるのは、時代があまりに「お金優先」、「拝金主義」になっているからかも知れない。

 「拝金主義」に象徴される「合理主義」は、「欧米主義」といってもいい。自動車や電機、テレビなど“生活物資”の開発においては「欧米主義」にかなう思想はないナ。

 しかしその思想は、「いかに簡単に(超合理的に)お金を産ませるか」という方向に“暴走”していた。豊かになるためには「物」を生み出すより、「お金そのもの」を生み出せば良いという考えに発展し、全く価値のない不動産に多額の価値をつけてしまっていたのだ。

 そして従来の勝ち組である「欧米合理主義」信者達がそれに群がり、最後に「破裂!!」したのが今の金融パニックだナ。

 この事態を乗り切るには、従来の思想でない「新たな思想の出現」しかない。私は、従来の「得とれの思想」が全く逆転し、「損とれの思想」が時代を制覇するんではないかと思う。(地球温暖化問題も同じだ。)

 今回の事態では、お金だけを投入しようとする欧米政府主導の救済策は役に立たないナ。「血で血を洗う」解決策だからだ。それが思い知らされたとき「株」はさらに下落することになるのではないか。

 最後にそれらを買い取って救済するのは、「損とれ」を実践している民族かもしれない。「謙そん、遠慮」などを実践し、他人を立てたり、道徳そして環境を重んじる人々だ。

 選挙の季節でもある。そんな人たちの中からリーダーが出れば、時代は大きく動くナ。

| | コメント (0)

2008年10月10日 (金)

成功因子(せいこういんし)

 物質を構成する“元”となるのが「素粒子(そりゅうし)」だという。それに対し、成功の元となるものを「成功因子」と名づけてみた。

 今、日本人3人がノーベル物理学賞を受賞したことが大きな話題になっている。日本は湯川秀樹博士以来、素粒子研究では世界トップにいるらしい。そのほか化学賞でも1人受賞したから、なんと今年は日本から4人も受賞した。

 物質の“元”だという「素粒子」に刺激されるかのように、ふと成功の元となる「成功因子」ってあるんではないかと思った。その一つが、「成功したいと思わない心」だ。それが「成功」を構成している「因子」の一つに違いないナ(昨日のブログ)。成功したかったらその「因子」を使う以外ない。

 今日も「株(かぶ)」がパニック的に下がっているけど、「勝ちたい」ってあせっている人がまだいっぱいいるんだナ。そんな人たちが全て振り落とされたとき、相場は底を打つ。

| | コメント (0)

2008年10月 9日 (木)

「勝とう」と思った時点で負けている

 「勝とう」と思った時点で既に負けている。「良くなろう」と欲を出した時点が、下降の始まりだナ。

 逆に、心をむなしくして引き取ったものを一生懸命守りとおしたとき、福がくるんではないのかナ。

| | コメント (0)

2008年10月 8日 (水)

勝負を分けるもの

 「強いものが生き残るのではない、変化に対応できるものが生き残るのだ。」という話をよくきく。しかしそれは実践的ではないナ。いざ変化が起きても対応できる人間なんて多くいないからだ。

 勝負は身の丈(みのたけ)以下でやるべきだ。「勝つ」より、「負けない」人生を選ぶべきだナ。「絶対我慢できる」と言い切れる「リスク」だったら絶対負けない。 

 昨日テレビで、退職金で「株」を買ったものの、大きく値を下げどうしようもないっていう人が出ていた。老後の資金を「勝負」に利用した時点で負けだナ。手持ち資金の一割くらいの投資なら我慢できるんではないか。住宅ローンだって同じ。ギリギリの返済計画だから、サブプライムローン問題になったのだ。

 勝負を分けるもの、それは、「“勝負してない部分”がいかに多いか」すなわち、いかに余裕を持ってチャレンジしているかにかかっている。言うのは簡単だけど、小さい勝負(小さい買い物)をしようとすれば、“我欲”に打ち勝たなければならないから難しいことなんだけどネ。

 でも、お金持ちは「質素」なのだよ。買うものより、残っているもの(ケツ)を見て買った方がいいね。他人と正反対のほうを見た方がいいと思う。

| | コメント (0)

2008年10月 3日 (金)

信念の母は「逆境」

 私の失敗のほとんどは、葬儀事業にしても仙台出店にしても、順調で上り調子のときに考えた(妄想した)企画だった。銀行を辞めたときのように、従来の仕事を捨てたり、犠牲にする必要もなかった。順調な墓石事業がバックで支えていたのである。

 それに対し成功したものは、そうしなければ「自分が失われる」ような思いつめたものがあった。ある意味で「逆境」(現状)からはい上がりたいという強い思いがあった。

 そして、いったんはじめたからには逃げ出す余地がなかった。いったんやめた銀行に戻れるわけもなかったし、霊園にしても、数千万円で買った山の引き取り手など他にあるわけがなかった。

 もう後がないという背水の陣からスタートしたものは強いナ。成功の母が「信念」だとしたら、信念の母は「逆境」ではないか。「妄想」は信念の父というところかナ。

 中途半端な気持ちではじめるのは危険だナ。自分の信念の「生い立ち(父と母)」をしっかり確認してからはじめたほうがいいと思う。

| | コメント (0)

2008年10月 2日 (木)

信念の正体とは何か

 自分が何かにとりつかれたように、ある考え(妄想)から逃げられなくなることがある。

 ライト兄弟が人間も羽根を付けたら空を飛ぶかもしれないという妄想のとりこになってしまったように。エジソンが電球や蓄音機の誕生を、まだ何も存在していないところから確信したように。

 私も銀行員だったとき、ふと自分も「別の何か」に“変身”できるんではないかという妄想にとりつかれて、いつしかその考えから離れられなくなっていた。また、お墓屋を始めてまだ2年足らずのとき、自分もお寺のように霊園開発なんかできるはずだという妄想にとりつかれていた。

 自分は今までのものとは根本的に違う墓石を発明できるんではないかという妄想にとりつかれていた時もある。

 その妄想を振り払って無視しようとしても、何度も頭をもたげてくる。そしていつしか、必ず実現できるということを確かめてみたい、挑戦しなければならないと本気になってしまうのだ。

 そんな「大いなる妄想」が信念の正体ではないか。妄想がいつしか信念となり逆境を克服し、ライト兄弟が飛行機をつくり、エジソンが数々の発明をし、私も経営者になったり、一関霊園をつくったり、特許墓石「あかり」を開発できたのだ。

 すべて、“やれば出来るのではないか”という「大いなる妄想」の仕業(しわざ)だ。だから自分の中から生まれてくる「大いなる妄想」を注意深く観察し、大事にすることが重要なのだ。

| | コメント (0)

2008年10月 1日 (水)

信念の正体(パート5)

 信念の正体の「本丸」を話す前に、もう少し「外堀り」を埋めておきたい。

 強い決意で望んだものが途中でくじけてしまったり、逆に適当な気持ちで始めたものが長続きし、とうとうその人の運命を決定するような事業となり、大成功してしまったりすることってあると思う。

 「信念」の性質で最も重要なものが「継続」であり、特に「逆境」を乗り越えて継続できるかがポイントだが、私は「継続」を妨げる最も大きなものが「過剰な“欲”」だと思う。

 たとえば、これは価値があると考え投資する場合、手持ち資金のうちの一部、たとえば100万円を投入したとすると、思惑に反し価値が半分に下がったとしても、50万円の損で済むが、欲を出し借金して1000万円投入したときに半値に下がったら500万円の損となってしまう。

 最初から欲を出し大金ではじめると、大きな損失の前に当初の強い決意もくじけてしまい、途中で損失を出して撤退を余儀なくされるが、生活に支障がない程度の出資なら半分程度の値下がりなど気にしないで継続し持ち続けることができる。そうして継続していると、ついにはその後の大きな値上がりに遭遇できるってことがあるのではないか。

 私の墓石店も店舗を増やすことを目指したが、結局仙台とかその他遠方の店舗が撤退を余儀なくされた。信念の維持には適度な「量」というものがあると思う。

| | コメント (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »