オンリーワン
自分にとって、自分はオンリーワンだナ。家族にとっても自分はオンリーワンだ。社員にとって自分はオンリーワンになってるかな。どんなお客様にとって当社はオンリーワンかな。
結構オンリーワンなところもあるじゃない。この調子でオンリーワンをさがし、ひとつひとつ自覚してみるのも、将来の道しるべになるナ。もっとオンリーワンをつくってみたいナ。
自分にとって価値あるもの、それはオンリーワンのものである。
自分にとって、自分はオンリーワンだナ。家族にとっても自分はオンリーワンだ。社員にとって自分はオンリーワンになってるかな。どんなお客様にとって当社はオンリーワンかな。
結構オンリーワンなところもあるじゃない。この調子でオンリーワンをさがし、ひとつひとつ自覚してみるのも、将来の道しるべになるナ。もっとオンリーワンをつくってみたいナ。
自分にとって価値あるもの、それはオンリーワンのものである。
誰かがやっていることの「まねごと」、「後追い」ではないか。最初は「まねごと」であっても、将来独自性を打ち出す覚悟はあるのか。
オンリーワンだと意識すれば、少々苦しくても楽しくなる。乗り切れる。人まねだったり、他人をあてにばかりしていると、続くのは儲かっている時だけだ。ちょっとつまずくとすぐ逃げるナ。
自分にとって価値あるもの、それは自分できりひらいてゆくもの、オンリーワンだと言い切れるものである。
「同じことをずっと思い続ける」という対象は、自らの人生にとって価値あると判断したものなのか。
思い続けて手に入れたものでも、多額の損失を出し2~3年で手離したものも多くあった。途中で投げ出したのは、自分の人生には不要だと、考えが変わったからだ。
何事も、やめないで続ければ成功する。しかし、自分にとって価値が無いと思うようになると、もう続かなくなる。
思い続けるものは、自らの人生にとって価値あるものか、始める前にもう一度自分の心に問いかけてみるのだ。
「心の威力」ってある。確かにある。
同じことをずっと思い続けると、いつか実現してしまう。人間が月にさえ行ってしまったのは、そんな心の作用にほかならない。
最近、私は同じことばかりずっと思うようになった。そこに行くべき方法も、入り口も、気配さえも感じないのに、「実現したい」という思いが離れない。
はたして「心」は、現実を引き寄せてしまうのだろうか。
会社には、社長以上に優秀な人は入ってこない。会社は、社長の「大きさ」以上に大きくならない。という。
お金も同じ。その人の器以上に入ることは無い。器を大きくするってどういうことかナ。どうすれば器の大きい人間になれるのかナ。
でも、「小さい」から「頑張って大きくする」のは「やめよう」って言ったばかりだ。自分に「あるものを大切にしよう」って言ったはずだ。もっともっと真剣に、自分の「良い点」と向き合わないと後悔する。もっともっと自分の「良いとこ探し」しなければならないネ。
そして、それを少しずつでいいから、磨きをかけたり、伸ばしてゆけばいいんだ。
ディズニーランドで本当にあったという、涙止らない物語の本だ。
商売も、恋愛も、仕事も、マニュアルじゃないって感じている。目の前の美しい女の子と恋愛関係になるためには、どんなに多く恋の本を読み、どんなに多くの経験を積んだって役に立たないんではないか。
マニュアルを超えた世界、超(ちょう)心温まる物語が書かれてある。そんな心で生きてゆけば、商売も恋愛もうまくゆくに違いない。
おとといの続き。。足りないところを補うのではない。頑張る必要は無い。無理に勉強なんかする必要は無い。全て、必要なものは既に満たされている。
それではどのように生きればいいのか。しいて言えば、得意なもの、自分の良いところを鍛えることだ。
全て満たされているといっても、使わないと退化してゆく。そして、ついには消滅してしまう。自分に自信のあるところならば、少々鍛えても痛くない。毎日毎日、自分の得意なところを鍛えるのが生活かナ。
毎日続けてゆくと、ついには誰も追いつけない頂点にたどり着くかも。そう思うと楽しくなるネ。
「ぬけめない」仕事をしてほしい。「ぬけめなく」働いてほしい。朝礼でそんな話をした。
また、「ねけめない」人生を送らないでほしい、「ぬけめなく」生きないでほしいとも言った。「ぬけめない人」は嫌われるからだ。
今まで社員として、いろいろな人たちと働いてきた。最後に残って一生懸命働いてくれる社員は「ねけめなく」働く社員だった。去っていったり、リストラされた社員は「ぬけめなく」生きている人だった。
昨日の話の続きになるが、勉強(学校)も同じだ。
成績が悪いなどと、親が心配するのが一番いけない。昨日も言ったけど、良い人はどこまでも良くなり、悪い人はどんどん悪くなるようになっている。女の子にモテる人は、恋人がいっぱいいるにもかかわらず、さらに新たな女の子が押し寄せる。一方、もてないヤツはとことん見放されるのだ。
だから、成績が「悪い」などと一旦口に出してしまったら、どん底まで落ちてしまうだけだ。「悪いから頑張る」というのが一番いけないナ。
大事なことは、「既に満たされている」、すなわち「うちの子は、(自分に必要なことは)すでに分かっているのだ」と信頼してあげることだ。そういう前提にたって、「良い点」を伸ばしてやるにはどうしたら良いかと考えれば、良い案が浮かぶネ。
だから、何を考えても、何をやってもいいんだけど、その根底に「自分は既に!豊かだ」という思想が無いと、うまくゆかないんではないのか。
「目標設定」もいいんだけど、「無いものを得るための目標」だから、中々達成できないのではないか。「全てが既に達成されている、満たされている」という前提で、考えを進めてゆかなくてはならないのだ。
「満たされているのに目標設定?」って不合理でもなんでもない。満たされている(と感じている)人だけが、ますます発展してゆくんではないのかナ。
お金は「(既に)豊かな人」が好きだからだ。
「私は十分豊かだ」って言ってると、豊かさを実感できる。「十分にお金がある」って言ってると、お金持ちだということが実感できるナ。
いつも、「もう少し得よう」「頑張ろう」「なにか足りない」と思っていると、貧しい人間になってゆく。お金にも見放されてしまうネ。
こうしていることが、いかに「幸せ」か。「私は十分お金持ちだ!!」って言えばいい。そして、「お金持ちらしく振舞え」ばいいのだ!!
お金は「足りない人」を見放し、「お金持ち(だと実感している人)」に寄って行くものかも知れないネ。「私は十分お金持ちだナ」
人間はセミと違い長生きするので、自分の生殖行動の他、子供や人類を守り、育ててゆくという役割があると、先日のブログに書いた。
とすれば、我々自身も両親や先祖の、そのような思いに守られ今日があるということを忘れてはならない。先祖とは、人類の先祖という広い意味でとらえ、多くの本などを読み、学ぶべきだ。
親先祖が自分にどのようなことを教えてきたか、何を伝えたかったか、もう一度振り返ってみることが未来への「道しるべ」となるのではないかって思う。
世の中って、なるようになってるんだナ。人にも物事にも事情があって、それぞれの事情に合うように流れているだけだ。
そのもの自体を見て、悩んだり、判断するのも大事だけど、取り巻く環境、事情をよく観察し、流れる方向に流してやったほうが良い。
最近の私は気持ちがおだやかでない。従来の契約を解除する決断が多かったからである。
「習慣」を断ち切る時は「勇気」と「パワー」がほしい。忙しさでまぎらしたり、情に流されたり、放漫になったりして、多くの人は習慣に身を任せてしまう。そして泥沼にはまってどうにもならなくなるのだ。
社員との雇用関係解除は、本当に何日も心を悩ませた。それでも、「悪癖」を見逃せば、社員全員が同調すると判断し、「宣告」せざるを得なかった。相手も必死だ。全身全霊で「解雇宣告の面談」をした。
また、長女の時から続けている娘(今回は次女)の「習い事」をやめることにした。毎月の月謝のほか、2年に一度ある発表会に多額!の納付金が必要だった。私の事業が順調の時期に、習慣になったものをやめるとなると、相手(先生)も納得できない。しかし、質素倹約で生きるという私の「信念」を貫いた。
こちらから働きかければ、同じパワーで「反作用」が返ってくる。多くの人はそれに負けて、習慣を維持する。私は「信念」でそれをはね返す。「自分のため」だからでない。世の中にとって良きことだからである。
何千万円かけてはじめた事業(葬儀や仙台店)も、同じような考えで素早くやめてきた。だから今、活き活き順調なのだ。
1人退社に伴い現在入社希望者と面接中だ。
当社の必要性ばかりでなく、その人の人生を応援するという目的があるので、個性や特性を尊重して、やりがいを感じてもらえる人を選びたい。
(昨日からスタートし、本日決定しました。)
こうして観察してみると、50歳すぎてから世に出て活躍する人が多い。事業が飛躍的に伸びるのも、経営者が50歳、60歳になってからの場合が多いナ。
たぶん、自分や家族のことが一区切りついて、いよいよ次のステップにシフトアップする時期だからではないか。
逆にその時期になっても、自分のことで精一杯のようではダメだナ。
昨日の続きになるけど、人間は子供を生んだ後も長生きするから、自分自身の繁殖作業以外に、他人や社会を守ってゆくという「もう一つの役割」を担っているんだナ。
だから人間社会は他の動物と違い、発展してゆくのだ。逆に、いつまでも自分だけ守られよう、自分だけ良くなろうとすると行き詰まってしまう。
セミって地上に出て、7日間しか生きられないという。それまでは、2年間も地下で生活しているらしい。
何のために地上に出てくるかというと、大きな声で鳴いて、繁殖する相手を見つけ交尾するためだ。7日間の間に相手を見つけ、子供を生み死んでゆく。
それまでは、ずっと一人で地下で生活している。地下では、隣に誰もいないからだ。とすれば、生きてる目的は「繁殖」か。すごく単純だナ。
人間もかっこつけたり、大きなこと言ったりしてるけど、目的は同じように、単純なところにあるんではないのかナ。
人間の場合は、自分自身のこと以外に、家族や社会を守り、文明をつくり、皆で支えあうことにより、より大きく繁栄(繁殖)しているけどネ。
大リーグのイチローは、小学生の時からバッティングセンターに毎日通い、手に血まめを出しながらバットを振っていたという。
テレビに出ているアナウンサーは、ニュースに出そうな言いづらい地名や人名などを毎日チェックし、自宅など隠れた場所で繰り返し話す練習をしているはずだ。
より困難な課題や、時代に合った新しい手法に挑戦し、自分を磨いている人がトップにおどりでるのだ。
でも「磨ける何か」を見つけられる人って意外に少ないかも知れないナ。とすれば、まず「見つけること」が大事だ。自分の「良いとこ!」探しだナ。
「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」とは、釈迦(お釈迦様)が生まれたとき、7歩あゆみ申した言葉だと伝えられています。
宇宙空間に自分より尊いものは無いという意味です。
税金で暮らしている人達と違い、私たち商人は不確実な世界に身を置いて生活しています。だからこそ、自分を絶対信頼して生きてゆかねば地獄の底に突き落とされてしまいます。
自分は、他と全く違う最高の存在だと信じて、不確実な難問に切り込んでゆき、体系化させてゆきたい。体系化、数値化、法則化するということが、難問を打ち負かすことではないか。
ゴルフや野球などのプロも、そうして毎日挑戦してるんではないのかナ。
プロゴルファーはすごいな。微妙なボールの動きに、自分の人生をかけるんだから。
相撲なら、相手は決まってるし、強そうな人が勝つことが多いが、ゴルフは一つとして同じ条件の場面が無い。力が強い人や、頭の良い人だけが勝つ競技ではない。しいていえば「読み」だ。
そんな不安定な世界で、生き抜くために、不安定の要素をきめ細かく分析して、何らかを体系化してるんだな。
何かをやらせると、面倒な問題ばかり起きる人がいる。「××だったから出来ませんでした」と、もっともな話を言う。
まともに聞けば「ごもっとも」、「それでは仕方が無い」と思ってしまう。
しかし私はそうは聞かない。「面倒な問題」は、「面倒な人間」に起きるということを知っているからだ。だから、その人は無視、別扱いしてしまう。私が巻き込まれるのを避けるためだ。
縁があったら、いつか「気付く」時が来る。気長に無視して待てば良い。
昨日、ある仕事を2日間でやってほしいと要望した。皆は3日間かかると言ってきた。私は「しかたがない」とは言わずだまってまかせた。やってみればどうなるか、過去の同じような現場体験からわかっていたからだ。
午後現場から電話が来た。当日の段取りが4時で終わり、次の日午前中で終了するとのこと。
なぜそんなに早く出来たのか、担当者から報告された。なんとかやってみようと頑張ってたら偶然の出来事がおきて、急に仕事が進んだとのこと。
私は、今まで私におきた「数々の奇跡的な出来事」について話した。一関霊園のこと。店舗展開や葬儀進出のこと。特許墓石もそうだった。「なんとしても完成させる」と一身を投げ出した時、「奇跡」が必ず起きた。当社がこんなに出来るとは、当初誰が予想しただろう。
私たちがこうして生まれてきた自体、ものすごい「奇跡的なエネルギー」がかかわっていたのではないか。「1プラス1は2ではない世界」がここにある。私たちは「奇跡」にめぐり合える。それは自分の「心のエネルギー」の作用だと確信する。
「やろう!!」と思って一歩踏み出せば、「信じられないエネルギー」が起きる。君に奇跡はおきたか!!
相手が折れてくれたから、(自分の)メンツが保てました。意地になって戦われたら、こちらの命がなかった。ありがとう。
結婚してくれたおかげで、皆から大人に見られました。さもなければ、いつまでも一人ぽっちで戦わなければならなかった。ありがとう。
「これでいいよ」ってお客様が言ってくれたから、安心して暮らしてきました。欠点ばかり言われたら、どうして良いか分からなかった。ありがとう。
だから、私も折れます。
だから、私は愛します。
だから、私も「これでいいよ」って言います。
「いかに儲けるか」を裏返せば「没落」が見える。
繁栄の裏、根底にはそれを支える「哲学(法則)」があるような気がする。
その哲学(法則)の第一は、「相手」を良くしてやること。周りと協調すること。その第二は、自らを質素にすること。質素の基準はどれくらいかというと、「ゼロ」(何もいらない、持たない)である。
その第三は、両親先祖を大事にすること。夫婦が愛和すること。その第四は、全ての責任が自分にあることを自覚すること。その第五は、いかなる時も「ついてる」と言うこと。そう言えば、ピンチの時に最大のチャンスを見出すことが出来るであろう。
その第六は、ひらめき、第六感を感じ取ること。そして勇気を持って一歩を踏み出すこと。その第七は、一生懸命は働くことである。
全ての失敗は成功に起因していると言った(3月13日ブログ)。なぜ成功が失敗の原因となるのか。
一旦「成功」を味わうと、その「成功を基準」として物事が組み立てられてゆく。本来「成功」とは、全体の2パーセントという“異質な世界”にもかかわらず、自分がやれば「成功」する確立80パーセントであるような感覚で新規投資をしてしまう。
また、成功すると「生活スタイル」が一変する。車が大型になったり、家を新築したり、遊びも豪華にカッコ良くなってくる。
「盛者必衰(じょうしゃひっすい)、おごれる者久しからず」とは、平家物語の言葉である。高くなったものは、いずれ低い地面にたたきのめされるのは、「自然の法則」にほかならない。
男も女も贅沢(ぜいたく)し、着飾るようになったら危険だナ。
私は、何かを突き詰めてゆくこと(研究してゆくこと)が、自分の「使命」だと思っていた。それはそれで大切なことなんだけど、しかしそれだけでは生きている意味がない。
人は、人との交わりの中で自分自身の価値を見出さなければならない。「人と交わること」自体に“人生の価値”、“生きている意味”があるのだ。
人々の「暮らしの中」で、自分自身の考えを試してみる。人々と共に歩いて、その中で自分の見方、考え方を試してみる。そうしてはじめて、世の中も相手も自分も高まってゆくのだ。
それが人間の道である。
ピンチは、今までのやり方を「変えなさい」という“信号”だ。会社をリストラされたのは、収入の道が閉ざされたということではなく、「もっと自分の能力を発揮できる会社に変わりなさい」という“信号”なのだ。
それは、チャンスがきたという“合図”でもある。
ピンチに嘆(なげ)いてばかりいてはもったいない。その時こそ、もっと発展する新たな道を探す努力をしなければならない。それは希望に満ちた、楽しくワクワクする時間でもある。
もしあなたがそのような考えになれないとしたら、普段から誰かに(たとえば国や会社や友人などに)責任転嫁して生きてきた証拠だ。人生は自己責任。自分の運命を握っているのは自分以外にないのだ。
ピンチ、それはチャンスへ向かえという“合図”である!!
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