« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月30日 (金)

時間軸で考える

 私は、今、生き方を見直そうと考えている。

 今までは、いわゆる「人、もの、金」を相手に、いい人づくり、いいモノづくり、資金の安定化を目指してやってきたけど、これからは、それらに追加し、「時間軸」でいろんなことを考えてゆこうと思う。

 私は、①大学も、優良大学に行こうなどとは考えていなかった。18歳で高校を卒業したら、どこであれ大学に行くことだけが大事だった。

 ②就職も、どこでなければだめということもなく、22歳で大学を卒業したら、どにかく就職して勉強しようと思い銀l行に入った。

 ③37歳で銀行を辞めることは、銀行に勤め、いろいろ学んでゆくうちに確信を持った生き方である。というのは、私の担当していた会社の社長さんたちは偶然にも皆37歳で独立していたからである。そして、皆景気が良かった。34歳ころから準備をはじめ、37歳で銀行を辞めたときは、皆が驚いたが、正しい選択だった。

 ④そして、40歳の時会社を創業して二十数年、わたしも63歳になり、もうすぐ節目の65歳を迎える。本当は、60歳が転換期なのだが、最終期限は65歳だろう。現在の仕事は、長女夫婦や長年担当している社員達でうまくやっていける状態だ。社長という名目は70歳過ぎまで私が責任を負わなければならないような気がするが、私の生き方を変えなければならない時期に来ていることは確かだ。

 時間軸で考えるとはこういうことである。

 今年も、皆がびっくりするような特許商品が生まれた。来春の売り出しでお披露目するので、期待をもって待っていていただきたい。いつものことだが、今まで誰も見たことがなく、どうしてこういう商品になったのか私も説明のしようがない、神業としか考えられないものである。

 「人、もの、金」に執着して生み出した宝物の一つが特許製品である。 

  しかし、墓石業自体は大きな転換期にあるような気がする。従来の、「人、もの、金」の見方を、新たな「時間軸」というステージから見直す時期が来ているのではないかと思う。

 それは、従来の「執着」から私を解放してくれる唯一の「真理」なのである。

2016年12月29日 (木)

運だと思う

 良くなるも悪くなるも、運だと思う。

 やることは一緒。

 大事なのは、運が来るまでやり続けること。

 だから、世の中に良いこと、自分が楽しいことをする。

 それしか通用しない。

 それしか続かない。

2016年12月28日 (水)

仕事納め

 一応、今日で当社は仕事納め。

 私は年末まで残務整理で出勤するけど・・・。

2016年12月27日 (火)

木村君逝去

 私の仕事のパートナーだった木村君が57歳の若さで22日逝去した。

 奥さんから万一の時の事を頼まれていたので、衣川の木村家親類の方々とともに、25日の葬儀までお手伝いさせていただいた。

 火葬から葬儀まで約350名の弔問を受け、今もなを、会社や自宅に弔問客が訪れている。

 5月10日に脳腫瘍で倒れ、一時は完全に回復したのだが、8月9日に脳内出血で再び倒れ、10月6日から亡くなるまでは全く意識不明の状態だった。

 彼と、こんな別れ方をするとは思わなかった。すごく気が合い、また一方では、椅子やゴミ箱をけ飛し、彼に感情をぶつけてしまう確執も数え切れないくらいあった。

 5月に倒れてから、一切仕事に来てはいないものの、こういう別れ方をしたことで、私の中で彼の存在は深く心に残るものとなった。

 私は弔辞で言った。「世界中どんなに探し回っても、私にとって君以上のパートナーはいなかった」と。涙声になっていた。

2016年12月21日 (水)

楽しいこととは面白いことではない

 楽しいこととは、おいしいものを食べたり、面白いことをやったりすることではない。

 プロ野球選手が、野球をするように、厳しい現実に耐えることである。

 楽しいから耐えられるのである。

2016年12月20日 (火)

楽しいことは3つ

 私にとって楽しいことは3つある。

 1つ目は石や建設、建築の世界。

 2つ目は金融の世界。

 3つ目は趣味の世界だ。

 これらは、私が長年の間ノウハウを蓄積してきた分野だ。その3つの曲に、自分らしい詩をつけて、自分で歌うのだ。

 皆、私にとっては命がけ。うまくいけば拍手喝さいを浴び、失敗すると地獄に落ちる。繊細に、しかし大胆に攻めるしかない。

楽しいことを命がけでやる

 17日のブログで、これからの人生は、①過去の忘れ物を取りにゆくことと、②次世代へのバトンタッチである、と言ったけど、そればかりではもったいない。

 一番大事なことを忘れていた。

 もっとも大切なことは、③自分が楽しいことをやることだ。これは、どの世代にも共通して言えることである。お金儲けのためにやろうとしても絶対うまくゆかない。お金儲けなんて、そんなに生やさしいものではない。楽しいことの中にヒントがあるのだ。

 「楽しいこと」とは、歌でいえば楽しいメロディーを選択するということ。「やる」とは、そのメロディーに自分らしい詩をつけて歌うということだ。

 楽しいことをやるといっても、ただやるだけではだめだ。私は命がけでやることが大事だと考える。命がけとは、「リスク」をとるということである。リスクで手が震えても、何としてもやり抜く覚悟がある。そこにこそ、私が生き延びるチャンスが潜んでいる。

 私はこれからも楽しいことに、私なりの方法で、命懸けで挑戦してゆく。

2016年12月19日 (月)

小さなキッカケから始めよ

 一度に全てを成し遂げようと思ってもうまくゆくはずがない。

 でも、ほんの小さなキッカケをつくることから始めてみれば、後は雪崩(なだれ)を打ったように一気に進んでしまう。

 だから、成し遂げる、完成させるなどとあせったり、大きな壁の前で失望することはない。ほんの少しだけ前に進む、例えば壁の前に小さな脚立(きゃたつ)でも持ってきてみる。

 たったそれだけで、後は信じられないようにアイデアが少しずつ湧いてきて、ついには絶壁を乗り越えてしまう。

 こういうことが分かれば、何でも成し遂げられる。あきらめることは何もない。

2016年12月17日 (土)

死のために生きる

 どのように生きればいいか。

 死のために生きることである。

 自分の生はこれでよかった、と思える死を迎えられるように、生きることである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 とすれば、これからどう生きればいいか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 若いときは、分からないことだらけ。

 何でもやってみたいと思う。そして、何でもできる。

 スキーも水泳も、バスケットもバレーも野球も・・・。

 銀行員も会社員も塾の講師だって、会社を経営することだって可能だ。

 恋愛したり、失恋したり、結婚したり、子供が出来たり、孫が生まれたり。

 良いことばかりではない。間違いもいっぱいやった。

 自分を生かせる限り、一生懸命生きてきた。

 もう、自分の生はこれでよかったと言えると思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 生のための生はこれでいい。

 残っているのは、死のための生である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 死のための生とは何か。

 今までの生のすき間にいっぱい残したり、置いてきたものがある。

 その忘れ物を取りに行かなければならないと思っている。

 また、次の世代へのバトンタッチも不備だ。

 この2点が、死のための生かも知れない。

 その忘れ物の中に、超でかいものがあるような気もする。

2016年12月16日 (金)

向かい風の方が伸びる

 スキーのジャンプのように、

 人は向かい風の方が伸びる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 上げは下げの要因、

 下げは上げの要因。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 順風は失速、

 逆境は飛躍。

考えればあとは自動的に進む

 昨日、全国に発注した新特許製品は、文書は郵便局が、現品見本は宅急便業者がそれぞれ運んでくれる。

 もうすぐ、相手方に届き、感動を与えることになるだろう。

 考えて図面さえ書けば、工場が製品を作り、配達業者が相手に届けてくれる。考えさえすれば、後は自動的に進むのだ。・・・・・・・何でも。

アイデアは私の「命」

 次のことも、結局「アイデア」に関することしかない。

 アイデアは私の「命」そのものである。

2016年12月15日 (木)

次のことを考えなければ

 ①猊鼻渓は、「運太郎お守り」のデザインを決定したり、新しい案内看板などを作成、終息に向かっている。

 ②遠応寺の庫裡は、新築部分がほとんど終わり、旧建物との連結作業が残っているだけになった。

 ③我が家の庭の空いているところに、3年以上悩んで、結局10尺灯篭を設置することで家族が合意、工事も想定外の問題が発生するも、なんとか昨日終了した。

 ④新特許製品も、とうとう完璧なものに仕上がった。昨日は全国の取扱店に発送すべく最後の箱詰めなどのため夜遅くまで作業、本日無事発送して終了した。

 ⑤もう一つ超大きな案件も、ここにきて大きな追い風を受け、一気に順調になってきた。これほどまでに世界の政治経済が大きくうねりのように変化した年はなかったと思う。でも、我慢の甲斐があって何とか無事乗り切れるようだ。

 ⑥墓石事業は、来年に向けて社員が結束している。それが一番難しく、大事なことだが、隊長として私のテンションは上がってきている。中間に置いた管理職がいなくなったら、風当たりは強くなったが、やり易くなった。

 しかし、こうも一気に案件が集まり、処理してくると、興奮して落ち着かない。この興奮を冷ますためには、また、新しい案件に向かって悩むことだ。

 そろそろ、次のことを考えなければならない。

2016年12月12日 (月)

失敗した方がいい結果になる

 簡単に成功してしまうと、そのままで終わってしまう。

 しかし、失敗すると、何とかしてカバーしようとアイデアを出し、結果として当初予定していたものより数段手が入った、きめの細かい作品になる。

 つまり、失敗した方がいい結果になるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 だから、最初に失敗したとしても、簡単に切り捨てないで、何とかその失敗を利用して、もっといいものが作れないかアイデアを出すことが大事だ。

 この失敗はチャンスなのだと考えることである。

2016年12月11日 (日)

歌手だって1つの曲では忘れられる

 歌手だって、1つの曲がヒットしたぐらいでは忘れられる。

 どんなにすごい人、すごい事件にも「賞味期限」がある。

 当然、商品だってそうだ。

 どこまで、使えるか検証することだ。

2016年12月10日 (土)

目標値までたどり着かせる

 コイツを、目標値までたどり着かせなければならない。

経営者は孤独

 経営者は孤独なものである。

 会社が赤字で、どうしようもなくなっても、誰にも責任転嫁は出来ない。誰からも手助けされない。自分だけの力で立て直すしかないのだ。

 立て直すことが出来なければ、自分だけが大きな損失を負う。社員は別の会社に移ればそれで済むが、経営者は不要になった在庫、行き詰まった資金を一人で処理しなければならない。

 逆に、会社が大きな利益を上げたとしても、それを皆で喜び、分かち合うわけにはゆかない。将来の逆境に備えて、私益のほとんどを貯蓄に回さなければならないときもある。

 利益を手放しで喜びたいのだが、スキを見せないように一人で将来計画を練らなければならないのだ。

 お金がないと孤独、お金があっても孤独、結局孤独だということが分かれば、「木鶏」(もっけい)の境地を目指すしかない。

 そして、どうせなら、いっぱいお金がある「木鶏」がいい。

2016年12月 9日 (金)

最高の補佐役

 以前、町主催の小さな大会があり、保護司としてお世話していたとき、町の担当課長から小野寺さんが私の補佐役ならいいんだけどと言われた。

 最近、私は自分が社長としてやる新規事業の多くに失敗している。それは、社会の役に立とうという考えが「空回り」しているからだ。

 しかし、自分が、自分がという思いを捨てて、誰かのために一歩下がって、縁の下から支えようとすると、私は実力があるからすごく役に立つ人間になる。

 今やっている菩提寺の庫裡建設も、代表が総代長で私は彼を支える一員だが、設計から施工管理まで誰にも頼まれなくても私の全能力を使ってお世話している。失敗したら自分で背負うくらいの覚悟である。

 世の中の人々の最高の補佐役になろうと思って仕事をすればいいのだ。

2016年12月 8日 (木)

下げは上げの要因、上げは下げの要因

 下げは上げの要因となっている。売った人は買い戻ししなければならないからである。

 上げは下げの要因となっている。買った人は売って利益を確定したがるからである。

失敗から成功を導き出す

 失敗から成功を導き出す。

 これが私の必殺技である。

 したがって、失敗しない限り、成功はないということかも。

 あえて失敗に挑戦しなければならないということである。

2016年12月 7日 (水)

自分の人生に重ね合わせた歌を歌う

 自分の人生に重ね合わせた歌を歌うことだ。

 歌を歌うとは、私の場合作品を作るということ。

 また、誰かの(人生)のために歌を提供するというのも、人間としての仕事である。

 私に置き換えれば、誰かのために(その人の人生を重ね合わせた)作品を作って提供するということ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 歌を歌うとか、作品を作るということと、自分の「必殺技」とは無関係。

 歌を歌うにせよ、作品を作るにせよ、自分の「得意技」、「必殺技」を持たなければ世の中に受け入れられることはないのである。

 作品作りするにも、「必殺技」が必要であることに変わりはない。

2016年12月 5日 (月)

必殺技を身につける

 自分の必殺技を身につけること。

 人生に勝利できるかどうかの重要なポイントである。

 まず、探して、みつけること。

 それに磨きをかけること。

 そうして、自分のものにすること。

2016年12月 2日 (金)

最初の種から派生

 ちょっとしたアイデアから猊鼻渓に行こうと思い、そのためにげいび観音を企画した。

 結局、げいび観音は文化庁の許可がおりなかったが、企画の過程で生まれた「特殊賽銭箱」が猊鼻渓に採用された。

 その賽銭箱の延長上で「運太郎おみくじ」が開発され、それがお墓の「新しい特許」につながっていった。

 最初からヒット商品なんて考えつかない。しかし、種を大事に育て、派生させてゆくうちに、これだ!というものに到達するのではないか。

 種を果実に育て、さらに品質改良して、今まで全くなかったものを作り出してゆくのである。開発を止めないことが大事だ。

2016年12月 1日 (木)

大きなチャンスは必ず来る

 大きなチャンスは必ず来る。

 毎回期待するから失望する。

 しかし、少ない回数ではあるが、大きなチャンスは必ず来る。

 年一回~二回ぐらいだ。

 そこで生きてゆけば、それでいいのだ。

話題が無くなれば寿命

 私のお墓は、毎年進化している。

 最初に作ったオリジナル墓石が「供養万全」、つぎに「観音彫刻墓石」、そして「特許墓石あかり」、「ラクラク納骨」、「アールタイプ」、「やかたタイプ」、「特許ハチガード」、「千年の祈り」、もう終わりかと思ったら、今回「○○○○」を発明した。

 お墓もそろそろ限界かと思っていたが、新作が出来ると「やる気」が湧いてくる。

 ふと思った。話題が無くなったときが寿命の時なのだな、と。人間も、話題にされなくなったらおしまいだ。

 常に話題を作って生き続けなければならない。

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »