« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017年6月28日 (水)

やってしまうのはもっと簡単

 やってしまうのはもっと簡単。

 しかし、やった責任を取らなければならない。

 それは小さくない。

何もやらないのは簡単

 何もやらないのは簡単。

 しかし、未来に何もない。

2017年6月27日 (火)

算数を国語で解く

 私は算数が得意だ。しかし、私は算数を技術で解くのではなく、国語力で解いていると思う。

 同じように、事業も技術力で運営しているのではなく、国語力で解明し経営しているような気がする。

 したがって、私にとって、国語的思考が重要なのである。

2017年6月26日 (月)

自分ならこうするという生き方

 「自分ならこうする」という生き方をしてきた。

 独自の商品も生み出せない、規制でがんじがらめ、そこにいる人間も融通の利かない堅物ばかりの銀行では自分が引き出せないと思ったが、そこにいて不満をぶちまけるような生き方を私は良しとしなかった。

 自分ならこういう生き方をするということを仲間にも見せてやりたかった。そして、銀行を飛び出してみた。

 銀行にいる時は、その中で出来ることを一生懸命やってきた。だから、今でも当時の同僚や先輩、後輩から信頼してもらっている。お墓工事も当時の人達からの「ご指名」が多い。もちろん当社のメインバンクだ。

 「自分ならこうする」という提案型の生き方が私の人生である。しかし、それがダサかったり、程度が低かったりするとすかさずパッシングされる。

 自分の実力を自分で査定し、絶対ナンバーワンのものしか通用しない。

2017年6月25日 (日)

そんな大ざっぱな私が生きる道

 そんな大ざっぱな私に生きる道はあるのか。

 誰も出来ないようなところにしか道はない。誰もやらないことを、とりあえず、大胆に改革してゆくのだ。

 細かな人間が出来ないような新しい発想で、新しい時代を提案してゆくしかない。

 20年後に、時代遅れだと笑われるようなことでも、今誰も手掛けなければ、時代にとって必要な人間なのである。

限界を感じる

 創作に関して限界を感じている。

 せいぜい大きくても3m×3m、一般的なものでは1.8m×1.8メートル程度の設計がやっと、建築物などデカくなればなるほど対応不可能である。

 小さいものは3ミリ程度が限界。顕微鏡の世界やナノの世界は訳が分からない。

 大きくてもダメ、小さくてもダメ、結局大ざっぱなのだ。

 大ざっぱな私がここまで来れたのは、誰もやっていないことに挑戦したから。しかし、二十数年の間に、私が改革したものは一般的なものになってきた。

 一関で衝撃的にデビューし、テレビで大きく取り上げられた「樹木葬」ですら、もう時代遅れの産物になっている。

 あんな、うっそうとしたところなどだれも見向きもしなくなった。当初は、都心から新幹線で多くの購入者が訪れていたのに。

 墓石は永代供養墓が一般的になり、しかも、それが都心でホテル級に建てられる時代になり、永代供養墓の象徴だった樹木葬は過去のものとなった。

 同じように、私も時代遅れになってきたのかも知れない。そんな焦りと限界を感じている。

社会を明るくする運動

 保護司活動の一環で、芸能発表会の入り口で「社会を明るくする活動」のパンフレットとティッシュ配りをする。

 保護司となって毎年やっているけど、意味がない活動だと思う。

 まだ、後輩保護司だから、いろんなことを勉強する一環でやっているけど、私が中心としてやるようになったら廃止する。

 いや、廃止を議論する。

 マンネリでやっていることが多すぎる。パンフレット代とティッシュの経費をもっと有意義に使うべきである。たぶん全体では数千万円単位になるのではないか。

2017年6月24日 (土)

ワーワー騒いで生きる

 図面を書いたり、文書を仕上げたり、問題点を解決したりしていなければ死んでしまう。

 カツオが泳ぐのやめたら死んでしまうように、私も何かしていないと死んでしまうようになっている。

 だから、常に新商品を開発したり、特許文章書いたり、作業上の問題点を解決したりしていないと息苦しくなる。

 できれば、現状に満足してゆっくりしていたいんだけど、コイやフナのようにエラ呼吸でのんびり泳いでいたいんだけど、エラが開きっぱなしのカツオのように、前に進まなければ口から酸素が入ってこないようになっている。

 現状に満足しては生きられない定めのカツオ人間である。

 しかし、そもそも能力無いのだから、いつもアイデアが湧いてくるわけではない。

 こうなれば、意味無いことにでもワーワー騒いで、とにかく自分を出してゆく。回りが迷惑するかもしれないが、ガーガー言って自分を主張してゆく。嫌われない程度に。

 これしかない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 明石家さんまさんを見てて、よくあんなどうでもいいことを言って生きているものだと思っていたけど、あれで良かったのだ。

 さんまさんも、カツオ人間なのだ。

次世代に引き継げる新しい社会システム

 我々がこれからやらなければならないことは、「次世代に引き継げる新しい社会システムを確立」することである。そうして次世代にバトンタッチするのである。

 私の場合は、お墓屋をやっているのだから、墓石や、納骨、参拝について、今のままでいいのか、新しい方法はないのか研究しなければならない。

 お客様の目を引くためだけに、新しい墓石を発表したりするような目先の行動だけであってはならない。

 最近は、パソコン上の画面でお墓参りできるようなところもあるようだが、批判ばかりしていては本質を見誤る。根底に、新しい時代の流れが既に始まっていると考えた方がいい。

 先日、お墓をお寺から霊園に移し、お寺を頼まない葬儀をした有識者がいたが、葬儀社の対応もすばらしく、とても心がこもって、気のきいた葬儀だった。

 葬儀もお墓もお墓参りも、今後もっと変化してゆくと思う。新しい流れを紹介したり提供してゆくことこそ、我々専門業者がやらなければならないことである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 高僧に、今後お寺はどうなってゆくかを聞いたら、「無くなるでしょう。」と答えられたとか。お寺の役割が変化してゆくことを見事に表現したものである。

 スマホやパソコン、自動運転やロボットなど、科学の進歩とともに、それを扱う人間社会のシステムも変化してゆくのを止めることはできない。

 新しいシステムなど許さないなどと抵抗していても、そういう老人も今後10~20年以内には確実にこの世から去り、新しい人間による新しい社会システムが構築されてゆくだろう。

 老人の葬儀を施行するのは若い連中だから、既に新しい時代は始まっているのだ。

 もっとも、私は今までのお寺と従来の墓が好きなのだが・・・。

2017年6月23日 (金)

アメリカでは新しい発想が生まれている

 日本が優秀なのは、一度出来上がったビジネスプランの精度を上げること。相手のマネして仕事を覚え、相手より優れた商品を提供することが日本の得意技である。

 しかし、新しいビジネスを生む力は、何といってもアメリカが一番。アメリカでは、新しい発想でビジネスが生まれている。

 超効率を求めるのは、アメリカ人の得意とするところだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 アメリカでは、衣料品を宅配便で何点か取り、試着して気に入ったものを買い、気に入らなければ無料で返品できるという販売が始まっているとか。

 ユニクロもニトリも、アメリカで成功できないのは、アメリカの新しい販売方法についてゆけないからだ。

2017年6月22日 (木)

先食い

 出来ることは、適切な時期が来るまで待っていないで、どんどん先食いしている。

 思いついたら、ずっと後でもいいようなことでも、すぐやって、準備してしまっている。

 自分を追い込んでいる。

2017年6月21日 (水)

オファーを待ってないで自分を表現せよ

 オファーを待ってないで自分を表現せよ。

 小さいころ、海に行ったり、山に行ったり、都会に行ったり、知らないところにどんどん出かけて行って、そこで自分を表現したように、誰にも頼まれなくても、自分でどんどん出かけで行けばいいのだ。

2017年6月19日 (月)

やれば何でも出来る

 面倒な特許関係書類を書いている。

 どうのように図面を書き、どのような言葉を選んで文章を仕上げるか、頭が悶々としていたが、とにかく書かなければと机に向かって作業しているうちにどんどん仕上がってきた。

 書き始めて一週間、次から次へと説明図面が書き上げられ、まるで湧水が湧き出るように言葉が生まれてくる。

 考えてばかりいないで、やれば何でも出来るのだ。

暴力的な孫

 近くの知り合いの家庭に、暴力的な孫がいるという。同居している年寄りのおばあさんが何か話かけると、暴言を吐いたり暴力を振るうとか。

 母親である娘もその夫も、自分のその子供に何も言わないらしい。もう成人になって、働きもしないで家にごろごろしているのだが、体力があるので今更体罰なと通用しなくなった。

 こうなると、もう手が付けられない。

 子供は、子供のうちにしっかり教育しておかないと大変なことになる。言葉だけでなく、体を使って、悪いことをすると絶対許されないということを身にしみ込ませなければならない。

 親を敬うということは、人間として基本中の基本だが、このことを親自身が全身全霊で子供に叩きこまなければ、一生子供に脅されてしまうことになるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 犬も、弱気な主人の言うことは聞かないそうだ。いくら首につけたロープを引っ張ても、てこでも動かないらしい。

 そういうとき、専門の犬の指導員に任せると、一発で従うようになる。

 専門の指導員はその犬にどう接するかというと、犬が指導員の言うことを聞かないと、犬の首が折れるほど強烈にロープを引っ張り、「従え!」という態度を取り、指導員の方が犬のお前より優秀なのだということを叩き込ませるからだ。

 また、実際にそうしなくても、そういうパワーを持っている指導員のオーラが、犬を従順にさせてしまうのだろう。人間とは万物の長である。偉大なのだ。

 昨日、ペット霊園に納骨に来たお客様が言っていた。

 最初にウサギを飼っていたところに子猫を飼い、ウサギが子猫に親分として接して生活していると、猫が大きくなってウサギよりパワーがついてきても、いつまでもウサギの子分としてウサギと仲良く暮らすという。

 本来、猫はウサギを襲う習性にもかかわらず。

 最初の教育がものすごく大事なのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 最初の孫の話に戻るが、結局、これからでもいいから、両親が鬼になるしか道はないと思う。鬼になって、教育し直すのだ。

 そうしない限り、その家族は終わりだ。

2017年6月18日 (日)

自分を製作する

 新製品を作っているけど、実はそれは自分自身を作っているということが分かってきた。

 自分が何にひかれているか、自分が今まで引きずってきたのは何だったのか、そういうものが作品作りの根底になっている。

 したがって、作品は自分自身であり、それを製作する材料として「石材」は最も私に合っている。

 また、たまたま、「墓」という分野で表現しているけど、建築家が人が生活する「建物」で自らを表現するように、それぞれ担当分野があるのだろう。

 いずれ、お墓の場合、作品を作っては特許を申請するという私の最も得意とする仕事だと思うようになった。

 作品作りは私の人生そのものである。

2017年6月17日 (土)

すべてやり切ったのか

 すべて(準備を)やり切ったのか。

 本当にやり残したことはないのか。

 最後の確認をしたのか。

 トラブルをどこまで想定したか。

 スムーズに対応するためのマニュアルに穴はないのか。

 一人一人がとがったイガグリのような針になる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ナンバーワンのチームの確認事項は多い。

2017年6月16日 (金)

善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや

 「善人なをもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。」浄土真宗の開祖親鸞聖人の言葉だという。「歎異抄」に書かれてある。

 「善人でさえ、浄土に生まれることが出来るのだから、ましてや悪人は、なおさら往生できる。」と言う意味。

 善意とは、法律用語では、「知らない」ということであり、悪意とは、「知っている」ということである。

 たとえば、「善意無過失」とは、法律違反したが、それが法律に違反しているとは「知らず」(すなわち善意)、また、「知らない」ということに「過失」(よく考えれば知ることが出来たという過失)も無かったということで、そういう人は違反しても情状酌量される(事情をくみ取って罰則が軽減される)場合がある。

 したがって、歎異抄でいう「善人」とは「知らない人」、悪人とは「知っている人」ということか。

 何も知らないで、誰とも競争することも争いすることも無く生きてきた人が死んだとき、皆に温かく見送られるのだから、ましてや、いろんなことを勉強した結果、他人と競争したり、議論してしまった人が死んだときは、なおさら温かく見送られるだろう、ということ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 昨日まで、親類の葬儀のため、「本家」として葬儀を仕切って来た。亡くなった人は知恵遅れで小学校にもゆかなかった人。施設に入ったりして満70歳の往生だった。

 その人が、皆に温かく見送られる様子を見ていて、私のように勝手に銀行を辞めたり、会社を経営したり、墓地(霊園)まで作ったりして、能力を発揮させている人間は、考えようによっては多くの迷惑をかけているかも知れない。

 そんな私も、今回亡くなった人のように、死んだときは皆に温かく見送ってもらえるだろうかと思っていたら、「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。」の言葉が浮かんできて、少し救われたような気持になった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 でも、「知っている」ならいいけど、「知ったかぶり」している可能性が大きいから要注意だ。・・・・私の場合。

2017年6月13日 (火)

ツバメの巣立ち

 昨日1羽のツバメが巣立ち。といっても、すぐ帰ってきて巣の中に入るのだが。

 今日はとうとう5羽全部のツバメが巣立った。

 安心するような、寂しいような・・・。

2017年6月12日 (月)

時代が素人に近づいてきている

 昔は、何十年も修業した人しか出来なかったものが、どんどん進化を続け、誰でも取り扱いが出来るようになっている。

 たとえば、家を建てるのも、組み立て式などに工法が進化し、講習を受ければ簡単に職人さんになれるようになっている。

 また、機械も進化して扱いやすくなっているので、時代が、どんどん素人に近づいてきているといえるのだ。

 いつまでも、プロだということに甘んじていると、仕事が無くなってしまう。素人感覚で、さらに一歩前に進めることが大事である。

2017年6月11日 (日)

素人のお墓屋

 二十数年もお墓屋をやっているとプロになってくる。しかし、それは私の目指すお墓屋ではない。

 素人がやるお墓屋がいい。新しいものに挑戦するから、常に素人である。それが、未来の新しいお墓屋なのだ。

2017年6月10日 (土)

新しいお墓屋

 新しいお墓屋を目指しやってきたけど

 二十数年経って、いつの間にか古いお墓屋になっていた

 又、新しいお墓屋をやるぞ

2017年6月 9日 (金)

ツバメ

 今年も事務所にツバメが子供を産んだ。

 私の机の隣の外壁に巣があるから、親鳥がエサを運んでくると、ヒナ達が一斉にピィピィピィと鳴いてせわしい。したがって、親鳥のエサ運びも急ピッチだ。

 数日前、ヒナの一羽が巣から落ちで死んでいたとか。

 しかし、こぶし大の小さな巣の中に、まだ5羽のヒナ達がひしめいている。何とか無事に大きくなり、旅立ってほしい。

 そう願うばかりである。

2017年6月 8日 (木)

ライバルとは

 ライバルとは、自分のモチベーションに強烈に作用する何らかのものである。

 それは、目標とするものではない。

 あくまでもライバルである。

 自分の得意技で、何十倍も飛躍すればいいのだ。

2017年6月 7日 (水)

ライバルが飛躍しているから自分の進歩がある

 自分ばかり良くなるということはない。

 ライバルが飛躍しているから、自分の進歩がある。

 こうしてはいられないとなるのである。

引き渡しの時に感動を与える

 お墓が完成し、引き渡しするとき、お客様に感動を与える。

 「これはすごい!!」、「立派に作ってもらった!!」と、鳥肌が立つくらい感動を与える。

 それが仕事である。

 お客様に感動を与えることが、自分の感動である。

2017年6月 3日 (土)

売り上げ規模

 中小会社は、自分の収入、すなわち利益に執着しがちだが、売り上げ規模が伴わなければ、欲だけの世界になってしまう。

 少ない売り上げで、大きな利益など期待できない。

 まず、売り上げ規模を大きくすること。それは、社会貢献の規模でもあり、結局は自分の収入にもつながってくる。

 また、市場規模が小さいのに、売り上げ規模の増加を計れば、設備投資と人件費増によって、経営が成り立たなくなるだろう。

 大きな市場で生きなければ、大きな発想も逆効果になる。

 大きな市場を選択することである。

2017年6月 2日 (金)

夢はでっかく

 夢はでっかく

 根はふかく

    -相田みつお-

 いつも、目の前にある言葉に、なぜか急に、納得してしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 つまり、

 モチベーションが高い人は

 逆境、苦難も比例してくる

 ということ

 根が深くないと

 木が大きくなっても、倒れやすいから

 苦難は木が大きくなるための必要条件

 じっと、耐え

 自分の心の根を

 深くはってゆく

 それしかない

最後は松下幸之助とエジソン

 最後は、松下幸之助とエジソン。

 経営者のバイブルである。

 最近はソフトバンクの孫正義氏がすごいな。

日本人は日本人として勝負

 日本人は日本人として勝負するから世界一になる。

 お墓屋はお墓屋として勝負するしかないのか。

2017年6月 1日 (木)

新しいお墓の方向性

 新しいお墓の方向性が見えてきた。

どうしようもない失敗で得たもの

 どうしようもない失敗で得たものは、モチベーションだな。

 その失敗が無かったら、目じりが下がっただらしないオヤジに成り下がって行っただろう。

 失敗もどうしようもないが、成功は、もっとどうしようも無くなるものだ。

 これからが勝負だ。

« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »