« 2017年9月 | トップページ

2017年10月18日 (水)

恐ろしいのは

 恐ろしいのは人生ではない。

 小野寺有一が恐ろしいのだ。

 あまりにいい加減なので

 地獄に落ちないように

 背後霊に守られているというしかない。

恐ろしさ

 最近、人生の恐ろしさが分かってきた。

 今までの自分は何だったのだろう。

 両親や社会の人達に守られ、運だけで生きてきた。

2017年10月17日 (火)

商品よりも世の中

 商品をどう変えるかではなく

 世の中がどう変わるか

2017年10月16日 (月)

脱毛

 運動会の競技が終わって

 全員グランドに整列し

 国旗をポールから降納する際

 アナウンスの言葉が

 「皆さん“ダツモウ”して下さい!」

 と聞こえ

 思わず頭の毛を気にしている人が

 「オラ、もう毛が無いな」・・・

 脱毛(ダツモウ)と言うわけがない

 脱帽(ダツボウ)なのだ

収入

 他人にまかせていないで

 自分でやれば

 一人分の収入を得ることが出来る

 それは決して

 小さい金額ではない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 当社の仕事をまかせている人は

 その仕事に関し

 全て私より実力ある人

 私がやった方がいい仕事だけ

 自分でやっている

努力と運

 努力して前進させること

 しかし向こうから運がやってこなければ

 成功しない

 だから

 失敗しても嘆かない

 成功など自慢しない

運動会

 50mの徒競走

 64歳だけど

 昨年僅差で破れた選手にリベンジしたくて

 あえて50代の組に出場

 50mはスタートが勝負と思って

 注意していたにもかかわらず

 ピストルの合図があまりに早く

 完全に出遅れる

 あんなに心の準備していたのに

 しかし走ってて気づいた

 なぜか皆のスピードが出ていない

 結局

 日々の努力の成果が出て

 前の連中を追い抜き

 なぜか

 ダントツの1位でゴール

 よく見ると

 昨年出ていたリベンジの相手が

 出ていなかった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 反省点

 本番は

 思ったとおりに行かない

 私としては

 本番の怖さだけが残った

 スッキリしない

 徒競走だった

2017年10月14日 (土)

変なの

 尖閣諸島に中国機が不法侵入した!!と神経をとがらしている同じころ、

 日本で生まれたパンダのシャンシャンや、今年中国で生まれたとかいう十数匹のパンダをテレビで見て日本中カワイイ!!なんて騒いでいる。

 テレビのキャスターなど、日本のために頑張っている総理大臣をボロクソに言ったすぐその後、急にニコニコし日本の領土を侵している中国のパンダを紹介している。

 バカ者!!

 私なら、年間1億円近く中国に払っているパンダの使用料を取りやめ、パンダを中国に返してしまう。パンダの使用料で燃料入れた中国機が日本の領土を侵しているんだよ!

 怒っていると思えば、敵に金を渡してニコニコしている日本人の根性がシンプルな私には分からない。私が間違ってるの?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 トランプがNATO脱退と言っているのがよく分かる。

 一方でケンカしながら、相手に金渡してニコニコするなんておかしいでしょ。嫌のはイヤ、ダメなのはダメで一貫しなければダメ。

 顔を合わせてニコニコするくらいなら、問題を早急に解決するべき。解決できなければ、パンダなんか返して知らん顔しているべきである。

 パンダごときで日本人の根性を売り飛ばすな!!

黎明

 調子いい時は何をやってもうまくゆき

 調子悪いときは何をやってもダメなものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 黎明期は何をやってもうまくゆき

 衰退期は何をやってもダメ。

 常に黎明期の活動をすることだ。

解明

 曹洞宗の修証義に「生を明らめ死を明らめるは仏家一大事の因縁なり・・・」という一説がある。

 この世は分からないことが多すぎる。いろいろなものを、解明しながら生きている。はたして、真理にたどり着けるものなのか。

 すでに、死と引き換えに生をゆく時期に入って来たのか。65歳までは夢、希望と引き換えの生であったような気がする・・・。

 就活、婚活、終活・・・なんて、よく考えたものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      青春

 青春とは心の若さである

 信念と希望にあふれ勇気に

 みちて日に新たな活動を

 つづけるかぎり青春は永遠に

 その人のものである

       -松下幸之助-

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 心も体も青春なんだけど・・・。

2017年10月13日 (金)

 誰も必要としなくなっても

 必死に生きてほしい

 頼まれなくてもそうするだろうけど・・・

 母84歳

死と引き換えの生

 生でも

 死と引き換えてもいいような

 そういう人生

命(死)と引き換えに生きる

 命(死)と引き換えに生きる

 引き換えるものがなくなった時が

 私の死

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 誰かが

 私にしか出来ないものを必要とするなら

 その人のために

 自分の死と引き換えに

 生きればいい

どう使うか

 人は、どう貯めるかではなく、どう使うかで評価される。

 60歳までは一生懸命働き、いっぱい貯めた方がいいと思うけど、貯めるばかりでは人生半分だ。どう使うかも大事。

 60歳までに使ってしまって何もないようでは話にならないけど・・・。

図面

 65歳以降の人生は、自分で何が出来るか、具体的に体、頭を動かすこと。社員に何をやってもらうかではなく、自分が何をやって生きるのかが大事。

 昨夜は「いのちの歌」をウクレレ伴奏で千穂ちゃんに聞かせる。別な歌もやったけど、千穂ちゃんがその歌がいいと何回もリクエスト。

 今日は朝から図面を見ている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 これからは、命と引き換えにしてもいいような生き方をする。

 そうしないと、20年後、死を迎える85歳の時納得できないと思う。

2017年10月12日 (木)

未来の姿

 未来の商品を作る前に、

 未来の姿を見つけろ。

ハード起点の商品作りは絶望化へ向かう

 もっといい商品を作ろうと、商品ばかりを眺め研究しても、最後の最後は行き詰まり絶望状態になるという。

 理念、哲学、そういうものが商品に方向性を与え、全く新しいものを作り出す起点になるのだとか。

 「お墓」も、そもそもお墓って欲しいの?いらないとしたらどういう世界になればいいの?って“理想”を追ってゆくうちに、新しい方式が生まれてくるかも。

 「葬儀」の仕方や「お寺」についても、現状をよりよくすることを考える前に一回全否定して、根本的なことを考えてゆくうちに、新しい方式が生まれてくるかも知れない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 当社は、「一般のお墓」、「永代供養墓」、「みんなの墓」、「霊園」、「葬儀施設」などいろいろなお墓関係商品を提供しているので、お墓や葬儀やお寺などについて自分流に真剣に考えているお客様が相談に来ることが多くなった。

 そこで、集まって来るいろいろな悩みや情報を分析、研究し、その成果をもとに葬祭全般について分かりやすく説明したり、新商品を開発、提供をしている。

 私の話を聞いて多くのお客様が心の整理をして、安心して帰っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 車も、ガソリンで究極の低燃費車を追求しているうちに、ガソリンそのものを使ってはダメなんて、全く新しい時代がやって来た。

 車の部品も極端に少なくなり、部品メーカーの多くが不要になり、逆におもちゃメーカーなどいろんな業種が車作りに参加出来るようになった。

 根本的なところが変わろうとしている。

共産党と他の野党との違い

 同じ自衛隊反対といっても、他の野党は日本を他国の脅威から守るには非武装の方がいいという日本ファースト。

 “日本のため”という根本は自民党と何ら変わらない。

 それに対し、共産党のいう自衛隊反対は、日本の戦力を弱体化し中国共産党の支配下に置こうという目的。日本をひっくり返そうという中国ファースト。

 だから従来、自民党も他の野党も、共産党だけは“別物”と敬遠していた。

 しかし、他の野党が弱体化しているところにつけ込み、“自衛隊反対”という表向き似ているところに目を付けて「一緒にやったらいいんじゃない?」とすり寄って来た。

 他の野党を欺(あざむ)いて日本をひっくり返そうという戦略だ。そして、なんと野党共闘を企て先頭に立とうとした。

 安倍首相の街頭演説にあたかも一般人になりすまし「安倍退陣」のプラカードを持って「反対」と大声を上げたのも共産党員だ。

 一般人のように見せかけてデモを主導したのも共産党だ。

 面白好き、騒動好きのマスコミ(テレビ)を巻き込んで、安倍反対、日本を変えろと訳の分からないことを、あたかも正義のように拡散したのだ。

 そこに現れたのが「希望の党」。希望の党は“自衛隊”という踏み絵を使い、日本を思う野党とは何かを分かりやすく示し野党を分断した。

 今回、票は伸びないかも知れないが、日本を中国化、共産主義化から救った功績は大きい。

2017年10月11日 (水)

共産党の陰謀を打ち砕いた希望の党

 しかし、希望の党の功績も大きい。

 中身がゴチャゴチャだった野党に「安倍打倒という一点で協力しましょう」と猫なで声で忍び寄り、あわよくば日本を共産主義化しようしていた共産党の夢を打ち砕いたからだ。

 共産党と他の野党の違いは、他の野党は欧米流の民主主義という大枠の中で自民党との政策の違いを訴えていこうというのに対し、共産党は欧米流の日本をひっくり返し、中国化(共産主義化)しようという集団。

 だから、そもそも自民党も他の野党も、共産党だけは“別物”扱いしていた。

 ところが、政権を目指してした野党が実力不足からガタガタ、ゴチャゴチャになって自分を見失っていたところに、共産党が「“安倍を倒す”という一点だけにしぼり知恵を出し協力したらいいんじゃない?」などとすり寄ってきたものだから「溺れる者ワラをもつかむ」で変なのをつかんでしまっていたのだ。

 バカ野党が共産党の思惑に引っかかった結果、共産党は一般市民に身を隠すという“日本攻撃手法”を手に入れることになった。

 そこに突然現れたのが希望の党だ。

 希望の党は、中身がゴチャゴチャだった野党を、欧米流で行くのか中国共産党系で行くのか“踏み絵”で選別した。

 また、希望の党に参加しなかった連中は立憲民主党を立ち上げ、自衛隊を正当化する“改憲”に反対しているが、日本を骨抜きにし攻め滅ぼそうという中国の野望に合致しているから、共産党が再びすり寄っているのに対し、日本を中国化(共産主義化)したいわけではないという本質に気が付き、最近は共産党が選挙だけでも協力し合いましょうと言い寄っても、理念が違う共産党とは一緒になれないなどと言い出している。

 本当に、希望の党は日本の政党を分かりやすくしてくれたと思う。野党分断の戦犯といわれ、嫌われ者になっている前原さんも、まさかこんな事態になるとは思ってもいなかっただろうが、結果として、日本を共産主義化から救った大恩人だな。

 主流自民バンザイ!、目立ちたがり屋小池バンザイ!、いくじ無し前原バンザイ!・・・

やっぱりコウモリ政党

 希望の党の松沢成文氏が言った。「選挙の結果によっては自民党との大連立、あるいは非自民連立政権があるかも知れない」だと。

 自民なの非自民なの??

 やっぱり、小池百合子氏の希望の党は選挙の結果で勝った方につくというコウモリ政党だ。横文字並べてカッコいいこと言うけど、理念も政策も何もない。

 これが昨日小池氏がテレビで言っていた、自民のような右(右翼)でもない、かといって野党のような左(左翼)でもない、希望の党は真ん中を行く、ということなの??

 真ん中行くならしっかり行けばいい。これでは誰も(自民も非自民も)相手にしないと思うよ。もっとも、小池氏の出身母体である自民党を右翼と決めつけない方がいいと思うけど・・。

ごく一部しかいない批判的な人達をТBSはなぜ至近距離でとっているのか

 「ごく一部しかいない批判的な人達をTBSはなぜ至近距離でとっているのか」と誰かが言った。

 安倍首相の街頭演説に多くの人たちが集まっているが、そこに共産党から動員された党員があたかも一般市民のように「お前が国難」というプラカードを持ち「安倍やめろ!」と大声で叫んでいる。

 安倍首相を支持して集まった多くの市民からすればほんの少数なのに、マスコミはそういう反対の連中のみを大きく映し出しているということだ。

 民主主義は少数意見を大事にすること。しかし、マスコミは「少数意見を世論に祭り上げ、日本を騒動に巻き込もうとしている」だけだ。

 マスコミは面白おかしくなければ成り立たない。暴力、暴動、不倫・・・・、どんな小さなことでもあたかも天地がひっくり返る事件としてとりあげ世間を惑(まど)わす。

 マスコミ恐ろしや。マスコミは日本にとって完全な悪となった。

2017年10月10日 (火)

小池百合子はコウモリ女

 イソップ物語で鳥と獣が戦う物語。

 コウモリは、鳥が有利と見ると「私は羽根があるから鳥です」と言い、獣が有利と見れば「私はシッポがあるから獣です」と言って、勝った方に付こうと情勢を見守っていた。

 結局、鳥と獣が仲直りしたら、どっちつかずのコウモリは皆から仲間外れにされた、という話だ。

 小池百合子氏は、自民党有利と見るや「私は保守系です」と言って自民にたなびき、野党が有利と見るや「私も野党です」と言って野党の仲間入りしようとしている。

 それが、小池氏の主張する“保守系野党”。いよいよ、国政選挙の責任とれなくなったら「私は東京都知事ですから」とでも言いだすのか。

 このコウモリ女が!!最後は皆(国民、都民)にソッポ向かれる。

日本人は“風”次第でどうにでも変わる

 日産自動車のコマーシャルで矢沢永吉が「やっちゃえ日産!」と言っていた。「技術の日産!」というコマーシャルもやっている。

  いい加減な会社がうまいコマーシャル作ったもんだと思っていた。何がいい加減かというと、車体作りがガタガタなのだ。

 トヨタの車と日産の車を未舗装の砂利道で走らせればすぐ分かる。

 その日産は三菱自動車を買収している。三菱自動車と言えばダンプのタイヤが外れたことで有名。タイヤ事件がテレビに出たとき、私はヤッパリと思っていた。

 母が乗っていた三菱ミニカのタイヤ交換しようと思っても出来なかったからだ。整備会社に行ったら、三菱はこういうのが多いと言って、ミニカを整備台で持ち上げ、内側から大きなハンマーで叩いでタイヤをはずしているのを見ていた。(信じられない。)

 ダメな会社(日産)はダメな会社(三菱)を気に入るものなのだ。

 今や、「やっちゃえ日産」は「不正をやっちゃえ日産」と言われるようになり、急きょ矢沢さんのコマーシャルも出なくなった。

 大々的にコマーシャルし、どんなものでも“風”を起こせば売れるのが日本では情けない。

 “風”頼りのいい加減な政治家を選ばないようにしてほしいものだ。また、いい加減な“風”を起こして国民を惑わす「主犯」に早く気付くことである。

森友、加計問題で解散しろと言ったのは野党ではないか

 森友、加計問題で解散しろと言ったのは野党ではないか。解散すると言ったら、今度は森友、加計隠し解散だと騒いでいる。

 要するに、世論調査で自民党不利と見るや「解散しろ」、自民党の支持率が上がったら「なぜ解散するのか」・・・・。

 “風”を読むばかりの政治にがっかり。政治家に人格者はいないのか。

安倍首相にヤジ?

 安倍首相の演説日程を共産党が執拗に調べ、党員を送り込みヤジを飛ばさせる。

 それを面白好きのマスコミが報道すると、あたかも一般市民がヤジを飛ばしているように映ってしまう。そして安倍反対の世論が出来上がる。

 共産党のしつこさ、周到さに嫌気がさす。日本を内側から攻撃する中国、ロシア、北朝鮮軍のようなものだ。それで日本人なの??

 日本をひっくり返そうという共産党の陰謀に負けてはならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 香港では、民主化運動したり、民主的な発言をする経営者たちが突然行方不明になっているという。それが中国共産党のやり方だ。

 北朝鮮の粛清も同じ。金正恩からにらまれるとすぐ殺される。共産主義になったら、自分の言いたいことも言えなくなる。

 最近の日本の共産党は、民主的な一般市民になりすましたり、他の野党に紛れ込んで正体が分からなくなった。以前のように正々堂々とやらなくなった分恐ろしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 というわけで、枝野さんは共産党の応援を受けるとか。選挙の為なら何でもあり。やっぱり、雇われマダム根性で“風”を必死に読んで渡り歩いているだけだ。

安倍政権の暴走許さず?

 安倍政権の暴走許さず?

 安倍政権のどこが暴走しているのか私には分からない。

 結局、日本をひっくり返し、中国化(共産化)しようという共産党の仕掛けに、騒動や不倫などが好きなマスコミが乗っかっているだけ。

 さらに、マスコミが騒いでいる方に“風”が吹いていると思っている「理念が無いバカ野党」が加わって勢いづいている。

 騙(だま)されないことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一度決めた憲法は二度と直していけないの?

 昔の人が決めたものが絶対正しいなんて私には分からない。

 結局、自衛隊も認めず、日本人の根性を骨抜きにしてしまおうと当時の連合政府が決めたものを、武器を持たないことが“平和”だ、ずっとアメリカの傘の下にいた方が“安全”だと無責任に叫んでいるだけ。

 生き抜くためには、現状に合わせてどんどん変化してゆかなければならないって言ってるじゃない。法律だって同じ。

 能無しのバカ野党が、従来どおりと叫んでいるだけ。そういうのを“しがらみ”と言わないで何をしがらみというのか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 当面は、日本が一致団結して安倍さんにやってもらわなければダメなのだ。

2017年10月 9日 (月)

体操の技のような商品

 体操競技は、演技する技の難易度で評価する。正確にミスなく演技するかだけではだめだ。

 どのように難しい演技を取り入れるかによってその選手の持ち点が決まる。持ち点が高い演技に挑戦できなければ、演技する前からメダル圏外となるのだ。

 我々の商品も、技術的、デザイン的に高度は商品を提供できないところは、どんなに一生懸命心を込めて販売しても、お客様に選ばれることはない。

 いかにレベルの高い商品を発明するかの勝負である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そういう格調高い商品を生み出す源泉は、人生観、哲学かも知れない。

 商品を面白おかしくいじくるようなやり方ではいい商品は生まれてこない。

80歳になったら

 20歳の時は、思ったとおりの大学生になっていた。

 40歳の時は、思ったとおりの銀行員になっていた。

 60歳の時は、思ったとおりの経営者になっていた。

 80歳の時は、良き指導者になっていたいと思っている。

 今朝、ふと思った。ただ病院のベットの上で寝ているだけの未来ではさみしい。それはそれで仕方がない現実かも知れないが、それまで何を目指して、どうなっていたいか、前向きな部分が無いとダメだね。

 そのために、日々どういう勉強、行動をしたらよいか考えることだ。基本的に、今まで以上にやりたいことをやってゆきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 指導者とは

 まず、自分を律すること(いいことばかりするということではない)

 次に、家族をまとめること

 そして、社員の見本となること

 出来れば、世の中にも指導者として貢献したい。

打倒「現政権」って言うけど

 自民党の一強政治許さず、安倍首相の暴走反対って言うけど、従来のどういうやり方をどう改めるのか具体策が全くない。

 加計問題一点だけをしつこくつつくだけのバカ集団だ。選挙でとれるために名前を変え、主義主張を曲げ、自分のことは棚に上げ、ただ反対反対を言う。日本をかき回してどうするのか?

 そんな連中(議員)は、誰かのご機嫌取りばかり考えている、風見鶏のアホどもだ。“風”が吹いていればすぐそっちに行く。そんなことをしていると、北朝鮮、中国、ロシアに日本が食べられてしまうよ。

 特に、共産党は日本を中国化(共産化)しようとする集団だ。したがって、共産党は現政権反対、日本をひっくり返せと言って、共産党員を組織化し、あたかも市民団体のように見せかけデモをする。北朝鮮の喜び組のような美人さんやその家族の子供達まで集めてくる。

 マスコミも共産党集団と知っているくせに視聴率を上げようと、そういう“うるさい”連中をあたかも一般市民のように報道し、バカ議員はマスコミに宣伝してもらえば得策と、テレビに映っている反対反対という方に何も考えないで参加する。これを悪の循環という。

 いずれ、どういう連中を選ぶか、国民一人一人の質が問われることになる。共産党と、共産党が応援するといっている野党(立憲民主党、社民党)には投票したくない。

 私は自民党員でも何でもない。ただ、日本にしっかりしてもらわなくては困る、他国から侮辱されたくないと思っているだけだけど・・・。

2017年10月 8日 (日)

千穂ちゃんに買ったウクレレ

 千穂ちゃん(6歳)のために買ったウクレレが届いた。

 数年前、旅行先の売店で買ったおもちゃのウクレレは形だけ。音階など無い、ただポロンと音が出るだけ。

 私が最近ギターを弾いているのをみて、千穂ちゃんがそのウクレレを手にもって遊んでいるけど、音階も無いので気になっていた。

 そういえば、今はネットで何でも買えるんだ!と思い、さっそく注文。

 しかし、買ったのはいいがギターとは要領が違う。弦は4本だがどうチューニングすればいいか完全に忘れている。

 ウクレレを弾いたのは私が小学生のころ。中学生からはギターだった。早速、ネットでウクレレのチューニングの仕方を検索(ネットは便利!)。

チューニングだけでは歌を歌えないので今度はウクレレのコードを検索。C、F、G、Am、Em、Dm・・・。忘れないようにノートに写し、早速弾いてみた。

 小学生の時ひいただけのコードだが私の指と耳が覚えていた。「バラが咲いた」をすぐ伴奏つきで歌えた。

 帰ったら、千穂ちゃんに教えなければならない。面倒なことになったな・・・・。

過去を振り返れば未来が見える

 小学3年生の頃、あと十数年経てば二十歳を過ぎ社会人になってスーツを着て会社に勤めるようになるんだなとふと思ったら、あっという間に時空を越えて22歳になり、銀行に行くバスの吊革にすがっている自分がいた。

 そして、22歳の自分を予感していた小学3年生の自分が確かにいたことに、不思議な感じになったものだ。

 40歳で独立する時、60歳の自分が満足する人生を歩いているということを予感していた。そうして銀行を辞め一生懸命生きて60歳になり、40歳のころに思ったとおりの自分がいることに不思議な感じを覚えた。

 今、64歳の自分は、年をとって病院のベットの上で「○○歳になってしまったなぁ」と言いながら横たわっている姿を予感している。たぶん、20年~25年後くらいのような気がする。85歳~90歳ということか。

 その時があっという間に来ることを過去の自分が予感したように、あっという間に現実になるだろう。それを前提に、これからの生き方を決め過ごしてゆかなくてはならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 これからの大きな仕事の第一は、人生はどうなっていて、どう生きればいいのかということを、後に続く連中に伝えてゆかなければならないということだ。

 いい人間関係を作るにはどうしたらいいか。男とはどういうもので女とはどう付き合えばいいか。会社での上下関係、敬語、挨拶、行儀・・・・。

 金融とはどういうものか、不動産はどのようなものか、所有とは何か、売買とはどういうことか、登記とは何か・・・・。土地選び、家づくりの方法・・・・。

 葬儀とはどういうものか、お寺とはどういうものか、お墓はどうなっているのか、図面はどう描くのか、図面チェックの要点・・・・・・。習字の書き方、スキーやスケートの滑り方、早く走る方法・・・・。成功とは、失敗とは、成功の法則とは・・・。

 伝えなければならないことは多い。伝えることが生き方の一つだろう。また、達成していない自分の夢も多い。なんとか挑戦してゆきたいものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 どうも、私は20年先が予感できるようになっているのかも知れない。

 私が日が差し込める病院のベットで横たわっているということは、20年後も平和な世の中なのだろう。

 出来れば、美人の看護婦さんに来てもらいたいものだ・・・。

2017年10月 7日 (土)

知恵の泉

 天にある知恵の泉から、至極のアイデアをいただく。

創造、発明

 60歳を過ぎると、その人の活動実績、能力、人格、人間力などいろいろなことが分かって来る。

 病院の先生、銀行員、公務員、教師などといえば地元の名士。しかし、そのような人達が必ずしも立派な人達かというとそうではないと思う。

 両親からお金を出してもらって医者になり、患者からお金をむしり取るだけしか興味が無いやぶ医者。患者が苦しいといっても、病気だから仕方がないねと言って、漫然ときかない薬を出し続けて平然としている医者だ。

 給料もらうために組織に必死にすがりつき、ぶら下がり、顧客や市民が来てもどう断るか、出来ないということをどう言い訳するかばかり考えている銀行員や公務員。

 世間を知らない生徒に、自分の偏見を上から目線であたかも分かったように説明し、そのくせ家庭では自分の子供が非行に走っているのも気づかないバカ教師。

 いつもと同じ、昨日と同じことを繰り返すのを人生と考えている限り、どのような職業にいても平均点以下の人間である。若いころは気づかないが、60歳を過ぎてくると、その人がどれほどいい加減な人間だったかはっきりわかって来る。いい加減さが年とともににじみ出てくるのだ。

 若い連中を見るとき、こいつが70歳になったらどういう顔をして生きているんだろうと想像すると、若者がどうにもならない年寄りに見えてくるときがある。

 人は未来に向かって常に創造と発明をしてゆかなければならない。皆、そういう人間にならなければならないと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 創造性が無い、危なっかしい人間からは一日も早く逃れ、別の新しい人間関係を構築することだ。

 創造性に満ちた環境で生きることが重要である。

2017年10月 6日 (金)

母のために

 昨日、誰かのために生きると書いたけど、早速、母の調子が悪くなったので、朝から病院2か所に連れて行ったり、介護タクシーみたいなことをしている。

 私がその気になった時、具合が悪くなるなんて、お互いに運がいいなんて話を母にした。

 父親は母に面倒見られて死んだけど、母親は私も少しは手をかけなければならないかも知れない。

 お手伝いさんを頼めばいいなんて気軽に考えていたけど、私が出来ることは自分でやれば、私のボランティア活動の実践にもなるし、経費節減にもなる。一石二鳥である。

 いよいよの場合は相応の施設しかないだろう。

 母親という特別な存在だけれど、やらなければならないことを適切にやってゆくしかないと思う。

介護用ベット

 母(84歳)が急に体に力が入らないということで介護ベットを買った。

 一昨日までは二階から一人で起きてきたのに、昨日は妻と娘が介助に行かなければならない状態。今朝も一人で起きられなくて妻と娘の手を借りた。

 注文したベットが昨日届いたので早速昨夜から使用。部屋も二階から一階に移転。ベットは電動で動くのだが、力が出なくてリモコン操作も出来ない状態。

 正常状態から一夜にして重病人に変身。信じられない。

 普段、母は病院やマッサージに行ったり、サプリメントを買って飲んだりして体を養生し、また日本舞踊の友人達など仲間や友達と旅行やお茶会など交際も多かった。

 マッサージは自分から出かけたり、自宅に呼んだりしていたが、やり過ぎだと思っていた。またサプリメントも買い過ぎだと注意していた。

 私が母の要求に応えて、いっぱいお小遣いをやっていたので、やりたい放題していたのが悪かったのではないか。

2017年10月 5日 (木)

これからが人生の本番

 誰かのために生きるのが人間の本質。

 60歳の還暦までが自分のための人生。自分に何が出来るか、どうすれば成功し失敗するのか60歳までに実験する。

 60歳以降は、それをもとに他人、世の中のためになるように生きる。これからが人生の本番である。

2017年10月 4日 (水)

ハカメロ(オルゴールのメロディが流れるお墓)

 ハカメロを開発したけど、墓でオルゴールのメロディが流れたからといって特筆することではない。ハッキリ言って、どうでもいいようなもの、不要である・・・?

 ハカメロを必要か不要かという基準で評価すればそのとおりである。

 しかし、オルゴールのメロディが流れるお墓を作るのは簡単ではない。したがって、そんなの作ろうとする人間などいないのである。

 それを、簡単につくってしまうのがスゴイところだ。

 お墓の経机の中からオルゴールのメロディが流れるのだが、どこにスイッチがあり、どこにオルゴールがあるかよく見ても絶対分からない。

 操作は超簡単で、しかもスイッチ操作は誰にも気づかれなく行うことが出来る。

 こういう商品を実際に作って提供できるということがスゴイのだ。すなわち、誰も出来ないようなことが出来るのだから、お客様のいろんな要望に何でもこたえられるということである。

 一関霊園にしても、ハード面(墓地の提供)だけではなく、ソフト面(和尚さんの手配や法要などを無料でお手伝い)なども充実している。

 こんな霊園を作れるのは当社だけ。新しく墓地を求めるほとんどの人が一関霊園の墓地を購入している。

 今まで誰も考えつかなかった商品の「ハカメロ」は、当社に頼めば、お客様が要望するものは何でも叶いますというメッセージを発信する商品(広告塔)なのである。

2017年10月 3日 (火)

相手を気持ちよくさせると自分も気持ちよくなる

 相手を気持ちよくさせると自分も気持ちよくなる。

 相手を気持ちよくする商品、相手を気持ちよくする行動。

 私が自ら行動すれば、それが一番いい。そういう選択肢は、まだ残っていると思う。

人間のゴール

 お墓事業を通して、いろいろなお客様の「人間のゴール」を見てきた。

 そういうところが、私をお墓屋にひきつけているのかも知れない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 葬儀屋も同じように見えるかも知れないが、葬儀屋をやったときは、忙しいばかりでとても亡くなった人の人生についてあれこれ詮索することなど出来なかった。

 葬儀屋の場合、お客様のために1分単位で動かなければならないのだ。

 その点お墓屋は注文を受けてからお墓が出来るまでの約2か月間に、お墓に対する考え方や家族の状況などあらゆる情報が入って来る。

 まさに亡くなった人やお墓を作る家族の人間模様を理解することが出来るのだ。そして、それらを前提にお墓を作っている。

お墓屋だけは

 葬儀事業やったり、ラーメン屋したり、不動産やったり、銀行員やったり、いろいろしたけど、全てさっぱりと捨ててきた。

 でも、なぜかお墓屋だけはやめたいと思わなかった。

 他の葬儀屋が忙しくても全く気にしなかったけど、他のお墓屋の動向は気になって仕方がない。負けられない、頑張らなくてはという感情が湧いてくる。

 お墓屋は家族と同じ、私が守らなければならない私の宝物なのかも知れない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 誰にでもそういう存在というものがあるのではないか。

 私にとってお墓屋は初めて手にした創業時の商品。それは私を独り立ちさせてくれた事業であり、大いなる恩恵の念をいだいている。

 お墓にだけ頼ってゆくわけにはゆかないかも知れないが、絶対手放せない私の根っこの部分である。

2017年10月 2日 (月)

「なぜ変えるのか」と反対した方が票が入りやすい

 「以前の通りでいい」、「従来通りでいい」、「なぜ変えるのか」と言った方が票が入りやすいと思いませんか??

 「新しいやり方でやってゆく」というのに対し、「暴走するな」、「暴走を止めろ」と言って、新しいことを考えないで、何も提案しない方が簡単で生きやすいとは思いませんか??

 人間は“習慣”の動物なのです。習慣に従う習性があるのです。

 したがって、新しいことをやる人に対し、「反対」と言っただけで、ある程度票が入るようになっている。

 だから、とりあえず票が欲しい人は、危険を冒して新しいことは言わず「今まで通りでいい!」「暴走するな!」と言えばいい。そうして票を確保しようというのが枝野の立憲主義(憲法を絶対変えない主義)だ。

 私みたいに常に改革して新しいことばかりやっている人間には耐えられない人種である。

立憲民主党

 枝野さん、立憲民主党っていうけど、我々はどういう時代になっても、過去の人が決めた法律に束縛されなければならないのか。

 憲法を守れっていうけど、憲法だってその時の人間達が決めたもの。一旦決めたら最後、その決めたものに永遠と拘束されなければならないなんて信じられない。

 自分に自信が無いから、過去に従おうとしている。雇われマダムの考えだ。

 共産党も同じようなこと言っているけど、こちらは日本を過去の法律で縛り自由な行動を封じ込めようとするもの。そうして身動きできないように縛りつけておいて、中国に思うようにやらせようとする集団。

 どっちにしても、立憲主義は民主主義にとって危険である。

自分中心の行動

 テレビの時間帯やパソコンからの時間帯情報に頼る生き方をしていると、その時間拘束される。

 そういう生活はしたくない。

 自分が考え、自分のタイミングで動く。テレビ、パソコンから解放された自分中心の行動を心掛けてみたい。

 思い切って、パソコン、テレビを消してみることって大事。というわけで、これからパソコン消してみます。

政権抗議デモ

 安倍政権に反対する抗議デモが新宿で行われているのが報じられていた。

 あたかも一般市民のデモのように見えるけど、ほとんど共産党員がやっていること。もちろん「どこから来たの?」と問われても共産党員と名乗ることはしない。

 安倍政権を終了させよ!小池も反対!!と言っている。安倍にも小池にも反対なのは、他の野党をだまして野党共闘しようとしたのを小池に邪魔された共産党。

 北朝鮮の軍事パレードのように共産党は一声で党員が何人でも集まってくる。今日のデモには何人が欲しいと本部が一声かけると、組織が動きその人数が集まる。

 デモが悪いとか、共産党がダメとか言いたいのではない。一般市民のデモと言わず、共産党のデモとちゃんと言ってほしい。

 少数派が自由にデモが出来るのは民主主義のいいところ。しかし、少数派があたかも国民を代表してやっているようなやり方は詐欺である。

 共産党が嫌いなのではない。詐欺が嫌なのだ。昔のように正々堂々とやればいいのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その気になってマイク取ってる枝野さんも相当追い詰められている・・・。前原さんの言ってたこと気付かない方がどうかしていたのだ。

 誰が考えても全員希望の党に行けるわけないでしょ。やっぱり、どこか抜けている。

 というわけで、枝野さんは今回新たな党を立ち上げ、共産党と共闘を組み戦うことになったのだが、だからといって共産党主導のデモに参加することないでしょ。

 彼も所詮雇われマダムだな。武士(サムライ)ではないということ。

石と土と木

 メーカーだけど、材料は石(墓石)と土(土木)と木(建築)だ。

 なんとも原始的。

 悪いとは思っていないが、これで劇的に未来を変えられるとも思えない。

 なにか、調味料(情報)が必要である。

2017年10月 1日 (日)

他人が出来ないこと

 誰かのために生きるといっても、他人が出来ないことをしたい。これは私の自尊心、プライドだろう。他人が出来ることを私が押しのけてやるということは今までなかった。

 しかし、よく考えると、自分にしか出来ないことなどほとんどないし、むしろ他人の方が私よりかなり優れているので、自分のやることはかなり限られて来る。

 ①会計が得意なので出来るだけ割安に提供すること、②使い勝手よく工夫すること、③決められた範囲でデザイン的に優れたものにすること、また、③自分が作る場合は材料的には扱いが慣れている石(墓石等)と土(土木)、木(建築)ぐらいだろう。

 ④文章が得意なので、特許、裁判などや、交渉、人間関係などもうまく調整しながらやっている。

 誰かのために尽くしたいと思っても、介護用品を製作したり、ロボットや車を作ったりは出来ない。(どれが良いか適当に選ぶことは出来るかも知れない。)

 結局、そんな制約条件があり、自分が出来る小さな世界でしか生きられないけど、その中で一生懸命やるしかないのである。

« 2017年9月 | トップページ