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2017年11月25日 (土)

価値あるものは簡単に出来ない

 価値あるものは簡単に出来ない。

 面倒で難しいから価値がある。

 面倒で難しいとあきらめてはもったいない。

2017年11月24日 (金)

神様とは世間、社会

 神様とは世間、社会のこと。人類ということもできる。

 バカになるとは、自分中心に考えないということ。自分を捨てるということかも知れない。稲盛和夫流に言えば滅私奉公。

 社会全体、人類全体のために何が出来るかというレベルで動くところに自分の存在感があり、そうすれば世間から認められるのである。

2017年11月23日 (木)

バカになる

 私は賢い人間が嫌いだ。だから、バカほど可愛がっている。

 そういう自分もバカにならなければならない。そうすれば、神様に可愛がられるかも知れない。

2017年11月22日 (水)

引きの力

 小学5年生で特許を取った女の子が言っていた。もうダメだと思ったときにフッとアイデアが見つかったと。

 どうにかしなければ、とばかり考え続けるより、「ダメだ」と一旦引く方が神がかり的現象にめぐり合えるのではないか。

 今回の新商品も、彼女のマネして「もう新しい商品なんて生まれない、ダメだ」と言ってみたらふと浮かんだアイデアだ。

 「引きの力」もバカにならない。いずれ、必死ではある。

2017年11月21日 (火)

新商品完成

 新商品完成しました!!

 「リンナル」、「ハカメロ」に負けない楽しい商品です。

 大ヒット間違いなし。広告をお楽しみに!!

2017年11月20日 (月)

仕上げは時間かける

 90パーセントを超スピードでつくった後、残り10パーセントの仕上げには十分すぎるくらい時間をかける。

全体像が見えるまでは休むことなく突き進み、「出来る」ことが分かったら、ゆっくりじっくり時間をかけて仕上げてゆけばいい。

 「出来ない」ことを、「出来る」に変換させれば、あとはゆっくりやった方が安全、安心である。

スピードはパワー

 スピードが大事。ゆっくりやっていては、難しい案件は絶対できない。難しい案件ほど超スピードでやらなければならない。

 「仏説阿弥陀経」を最初見たときは、こんなの絶対できないと思っていたし、やるつもりもなく、やりたいと思わなかった。

 理由はすぐ分かった。「般若心経」276文字、「大悲心陀羅尼」408文字、「正信偈」840文字に対し「仏説阿弥陀経」はなんと1785文字。

 ゆっくり読むと20分もかかるし、文字も難解、内容も不明、飽きるし、やる気のない条件ばかりそろっていたのだ。

 ところが、たまたまインターネットで「仏説阿弥陀経」の速読を見つけ聞いたら、早いのなんの、あっという間に1785文字を和尚さんたちが読経しているではないか。あまりに早く、書いてる文字にさえ目がついてゆかない。10人中10人ついてゆけないだろう。

 ところが、毎日挑戦していると次第に速読についてゆけるようになる。そして、早く終わるので、ついに毎日飽きないで数回読経できるようになった。

 インターネットではゆっくりやるお経もあるけど、時間がかかり過ぎ、やはり最後までやるには相当の忍耐がいる。それでは継続することなど絶対無理だ。継続しなければいつまでも覚えられない。

 スピードはパワーである。そう思った。

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 一関霊園にしても特許商品にしても、私は「こんなものがほしい」と思うと、あっという間に完成させてしまう。いつも簡単に出来るから、私の作るものは簡単なものだ、私は簡単なものしか作れないのだと考えていた。

 しかし違う。

 誰も出来ないものを、私のスピードのパワーで成し遂げていたのだ。すごく速くできたとすれば、それは超難解なものなのだ。

 以前、自宅の庭を広げる造成にしても、1日延べ100台の10トンダンプで土を運ばせ、なんと10日間でダンプ1000台分の土を、私一人が運転するブルトーザーで埋め立て造成してしまった。

 簡単なことだったと思っていたけど、そんなの誰も出来ないことなのかも知れない。おかげで、崖の上にあったため庭が無かった我が家に広大な庭が出来、植木を植え、石垣も積んだ。今年は全体をアスファルト舗装したので、孫のバスケット練習場になっている。

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 私の口癖。「簡単、簡単」、「大丈夫」。

 簡単なことだと思っていたけど、超スピードパワーで難しい案件をやり遂げていたのだ。

2017年11月19日 (日)

玉手箱から夢のお墓

 来年新発売のお墓を製作中。

 大げさなものではないけど、玉手箱から宝物が出てくるような衝撃がある。いつもの扉を開ける玉手箱から今度はまた新しいものが飛び出す。

 誰もが考えていたけど、誰もやれなかったお墓である。

2017年11月18日 (土)

失敗は発明の母

 「リンナル」は、猊鼻渓に「チ~ン」と鳴る“さい銭箱”をプレゼントしたことから生まれたもの。

 “さい銭箱”は猊鼻渓では観光客の人気になっているけど、お墓屋にとっては不要なもの。せっかくのアイデアも当社にとってなんの効果も無いのが気になっていた。

 効果がないということは私にとって失敗を意味する。

 そこで、なんとかお墓でも「チ~ン」と鳴らしてみたいものだと試行錯誤して生まれたのが人気商品の「リンナル」である。

 そればかりではない。現在取り扱っている商品は、何らかの失敗によって発明されたものがいっぱいあることに気付く。

 失敗は発明の母である。失敗をしないような生き方には成功もない。

2017年11月17日 (金)

誰かの助けが必要

 自分一人だけで乗り切ることはできない。かといって、誰かに助けを求めているわけではない。自分一人でやらなければならないことだから。

 しかし、インターネットでも何でもいい、誰かの助けがあればやり易いことは確かだ。それを「風」とでも呼ぶのだろうか。

 何を考えている・・・? 特許のことです。

2017年11月16日 (木)

スキャンダル

 最近、世の中スキャンダルだらけ。

 経費を削減し、視聴率を高めるためにひな壇に芸人や有名人を座らせ、面白おかしな話だけするバラエティー番組の薄っぺらな内容にうんざり。

 かと思ったら、今度は有名人を一日中、何日も何カ月も尾行しスキャンダル探し。人権侵害も甚だしい。

 人間だもの、一つや二つ浮いた話が無ければつまんないでしょ。しかも当人は世の中のトップに立つ勢力が最も盛んな連中。彼女の1人や2人当たり前でしょ。

 ・・・・という話が通らない。

 情けない世の中になったものだが、そうしているのはやはりマスコミ。よほどチンコの小さい記者ばかりなんだろう。

 それともやはり経費削減して盛り上げるにはスキャンダルしかないとひらめいたか。こちらにもうんざりだわ。

複数の案件同時進行

 一日中一つのことにだけ集中できない。集中したからといって、一気に進むわけではない。

 というわけで、何件もの案件を抱え、それらを同時進行で研究してゆかなければならない。

 研究テーマを増やしてゆくことだ。

2017年11月15日 (水)

別れは進化

 「別れ」は進化である。

 進化するために別れ、世代を交代させているのだ。

    ・・・・・・・・・・・厳しいけれど。

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 したがって、失恋も、もっといい男を見つけるための進化と思った方がいい。

想定外

 人生は想定外だ。

 途中の目標までは見通せるが、その目標達成後の姿など分からない。想定外の人生に進まなければならないことになるかも知れない。

 会社が長く継続してゆくにつれ、いろんな人が私にこれから進むべき道を提案してくれたけど、私自身全くその気もなかったものが、今頃になって突然やらなければならないなんて考え始める次第。

 確かに、流れとしては「あり」かも知れないが、気持ちはやりたくない。使命感だけに突き動かされている感じ。

 何か鼻の先にニンジンでもぶら下げなければならない。

生きるとは

 残す人を生かすために

    無くなる

 無くなった意思を

    引き継いで生きる

自分勝手の人生ではない

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 昨年12月22日、車の両輪のように私と仕事をしてきた木村君が亡くなった。いなくなって大変だった半面、組織が単純になって回りやすくなった面もあると感じていた。

 しかし、改善されたところがあるとすれば、それも木村君が会社に残る連中に託したものではないかと最近思うようになった。

 死とはそういうものであり、生きるとはそういうものではないかと思った。

 とすれば、残った人間は、自分だけの勝手で生きるのではなく、木村君の意思を引き継ぐ責任もあるのではないか。

 生きるとはそういうものではないかと思う。

2017年11月14日 (火)

出会いと別れ

 「出会い」は、広大な宇宙における奇跡である。

 「別れ」は、その縁が元の状態(宇宙)に帰ることである。

 やがて、なくなった空間に、再び新しい奇跡が生まれる。

 執着を断ち切らねば、新しい「奇跡」に気付くことも感謝することもない。

「経」で死者を成仏できるか

 「お経」で死者を成仏させることができるだろうか。

 故人、遺族を悟りの境地に導くことができるだろうか。

 「お経」のための「お経」ではだめだ。

 本来のパワーが発揮されなければ意味がない。

 人々を導いてくれるのは、「真理」である。

 「真理」を語ることである。

     ・・・・・・と言いつつ、私は今日も「経」を吟ずる。

2017年11月13日 (月)

人一倍執着心が強い

 そう言っている私が実は、人一番執着心が強いと思った。今日、たまたまそういうことがあり、自分の執着心に驚くばかり。

 やっぱり、私はそういう意味であまり立派な人間ではない。この執着心を、まず早く捨てなければならない。

 それとも、これが宇宙から与えられた私の根源的なものだとしたら、この執着心を大事にすればいいのか。・・・・・。

自分の使命に執着する

 執着心を捨てるといっても、自分が生きるための執着心は神(宇宙)から与えられた根源的なパワーだから、それを捨てることは即死を意味する。

 食べること、健康を維持したり子孫を残したりすることにこだわるのは当然だろう。そこまでは執着とは言わないのではないか。もっとも、必要以上にむさぼるのは執着である。

 他人に対する必要以上の執着を捨て素直になったとき、自分の使命に気付く。

 自分がやるべきことに気付いたら、それに習熟したり改革したりしてゆきたくなるのだが、あきらめないでやり続けるのは執着心ではないか。

 そういう執着は必要ではないか。そう思う。その世界でトップに立っている連中は、皆、自分がやるべきことに執着し懸命に努力しているのである。

2017年11月12日 (日)

全てのこだわりを捨てる

 全てのこだわり(執着心)を捨てることが出来れば

 こだわっているもの(あなたを金縛りしているもの)以上の

 素晴らしいものが手に入るのです。

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 過去の失敗にこだわらなければ

 失敗以上の

 素晴らしいものが手に入る。

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 見切り千両

 (失敗にこだわらずサッと見切りをつけて次に進めば千両に値する)

 と言う。

2017年11月11日 (土)

本当の自分

 全てのこだわり(執着心)を捨てれば

 本当の自分に出会える。

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 本当の自分とは

 既存の何かを組み合わせ

 新しい既存を作り出す存在。

 それは人類の存在理由でもある。

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 科学も(たとえば電気だって)

 自然界の何かに気付き

 それを利用して生まれたもの。

 アイデアが全てである。

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 したがって、職に就くのが目的ではない。

 どんな仕事をするかではなくどんな工夫をするか、

 職に就いてからが目的である。

人間が持っている神秘的な力に出会う

 出来るとかできないとか自分の考えで決めるより、人間の持っている神秘的な力を試し挑戦することが大事。

 出来ないと思っていたことがいつの間にか出来るようになっていることはないのか。

 人生の楽しみはそういうところにある。分かり切っていることをその通りに実践するなんてマンネリには耐えられない。

 昨日できなかったこと、今まで出来なかったことが出来るようになる喜びは人生最大の喜びである。

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 遠い向こうにかすかな希望の光をかかげ、それに向かって努力すれば、人間の持っている神秘的な力に出会い、自分が変化してゆく喜びを感じるだろう。

2017年11月10日 (金)

あふれる思いを実現

 したがって、中小会社の経営者は経営というより、自分のあふれる思いを実現するために事業形態をとっていると考えた方がいい。

 「こうしたい」という強い思いで社員という協力者を募っているのである。毎年新商品を出し、常に未来に向かい必死になっている私は決して異常ではないのだ。

2017年11月 9日 (木)

希望の光

 この道の遠い向こうに

 希望の光は見えているか

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 就職する時(22歳)も、二度転職する時(23歳、38歳)も、独立創業する時(41歳)もその道の遠い向こうに希望の光が見えていた。

 そしてその光に向かって逆境に耐えて突き進んできた。結果的に、思ったとおりそれぞれの場所でそれなりの栄光を手にすることが出来た。

 しかし、時代が大きく変わろうとしているように、独立して23年、墓石事業を取り巻く環境も大きく変化している。今(64歳)、さらに変化を求められているのだと思う。

 だが、これから進もうとしている道の遠い向こうにも、かすかに希望の光は見えている。それに向かってとりあえず無味乾燥な努力だけを強いられる時間を過ごしているが、その光を見失わないようにしたい。

 遠い向こうに見えるかすかな光が唯一のモチベーションである。

2017年11月 8日 (水)

好事魔多し

 好事魔多し

 苦難にチャンスあり

 長いスパンで見ると

失うということは得ること

 般若心経

  ・・・

 色不異空 (色は空に他ならず)

 空不異色 (空は色に他ならず)

 色即是空 (色は即ち空であり)

 空即是色 (空は即ち色である)

  ・・・

 朝はお経の時間だから

 音程(音階)の少ない世界

 そこで突然

 音楽がひらめくなんて

 不思議な気がした

 歌なんて

 ましてや歌を作ろうなんて

 全く意識して

 いなかったのだから

  ・・・

 失うということは

 得ること

 得るということは

 失うこと

 そういうことは

 経営しているのだから

 身をもって何回も

 体験してきた

  ・・・

 笑顔だけが

 愛とは限らない

 厳しさの中にも

 愛がある

8時半までお経の時間

 最近、5時30分に起きてから

 8時30分までの3時間

 お経の時間になっている

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 分かったこと

 お経は

 創造性もない

 色気もない

 無味乾燥な世界

 それでも時間が

 流れてゆく

 その世界の中に

 何か

 真理と

 色気を感じる

2017年11月 7日 (火)

一番大切なもの

 人生で一番大切なものが

 倫理観である。

 学校では算数や理科、国語などは

 一生懸命教えるけれど

 倫理、道徳、宗教などについては

 ほとんど時間を割かない。

 しかし、社会に出て一番大事なものは

 対人関係、生き方、理念など人間の根幹にかかること。

 それを教えるのが倫理、道徳だ。

 会社がつぶれるのは倫理観がないから。

 お金の使い方にも倫理観が表れるからだ。

 当社では倫理観について社員教育している。

 社会に出てきてから教えなければならないような

 日本では情けない。

 儲けることにだけ集中していると

 一気に崩れてしまうだろう。

 崩れるばかりではない、地獄行きだ。

 安倍首相も経済(算数)最優先でゆくという。

 そして、皆それでOKと言っている。

 バランスを失っている。

 必ず、天罰が下る。

創作活動

 いろんなイメージが湧いてくる

 結局

 創作活動

 するしか道はない

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 ハカメロ(お墓)注文のお客様の

 オルゴール製品(墓石部品)を作っている

        ・

 リンナル(お墓)は大好評で

 今年に入ってからでも

 すでに150基以上のお墓に採用され

 お客様に感動を与えている

        ・

 リンナルもハカメロも事務所で作成しているが

 量産体制が出来ている

        ・

 今、作詞作曲したものを

 一緒に伴奏してもらえるところを

 探している

        ・

 考えたものを

 製品化(具現化)し

 発表するのが

 人生である

        ・

 運太郎(猊鼻渓)は

 今一つ盛り上がらない

 運太郎の意義が周知されれば

 一気に爆発するのだが・・・

 2~5年かかるかも(今まだ1年目)

聖人一流の章

 もろもろの雑業なげ捨てて

 一心に弥陀に帰命すれば

 不可思議の願力として

 仏の方より

 往生は治定せしめたまう

    -浄土真宗 聖人一流の章-

2017年11月 6日 (月)

作詞作曲

 今朝、目覚めたら、急に歌の「詩」が浮かんできた。

 最後の「落とし」部分だけど、今まで誰も考えたことがないいい言葉だ。

 早速ノートに写し、ギダーのコードでメロディをつけ、音符を拾う。

 会社にギターを持って来て、歌の前半部分を創作、あっという間に三番まで完成。

 長山洋子さんに歌ってほしいんだけど・・・。

2017年11月 5日 (日)

心の病気

 体の病気は分かっても

 心の病気に気付かない

 心の病気は

 「執着心」である

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 何かに執着するから

 崩れて失望する

 崩れたことに執着しなければ

 そこから新たな希望が生まれる

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 病気を治すのは薬

 執着心を正すのは

 真言(真実の言葉)である

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 光が閃(ひらめ)けば

 闇(やみ)は消える

 あなたの遠い先に見えている

 希望の光は何か

 光がなければ

 いつまでも

 執着心の悪魔に捕らわれる

執着の境目

 好き勝手に生きて、何回も地獄に突き落とされているのに奇跡的に回復し、安泰としていられるのは、執着しても許容範囲内でやめているからだと思う。

 儲けるためにトコトンやり抜くということはない。突き進んだとしても、失敗をある程度想定に入れて、帰ってくる余力を残しているのだ。

 好きな女が遠くにいたとしても、仕事を中途半端にして通い詰めるなど出来ない。そういう場合、執着を断ち切りあきらめるしかない。つらいけど・・・。

 自分中心の生活を捨ててまで、どこまでも突き進むのが崩壊につながると知っているのか、もしくは面倒なだけかも知れない。

 最近は、テレビを見るのも、お酒を飲むのも(普段は飲まない)、疲れて翌日に影響が出るようなことはしない。

 自分を壊さないような執着はOKだ。と言って、いつもギリギリまで羽根を伸ばしている・・・。

執着

 執着するな、執着心を正すと言いながら、プロ野球の日本シリーズでお気に入りの球団が勝ってくれないものかと、かなり熱が入ってテレビを見ていた。

 これって執着心の塊(かたまり)りだ、と思っていたけど、この気持ちどうにもならない。結局、そういうものを見てしまうから執着するのだ。

 勝負事など無い世界で生活するしかないけど、そんなこと不可能である。というわけで、熱を入れ過ぎないで、適当に執着して生きてゆくしかないだろう。

2017年11月 4日 (土)

生かされて生きる

 「生きる」キーワードを書いているうちに

 「生きる」のではなく「生かされている」のではないかと思うようになった。

 とすれば「生きる」ではなく

 「生かされて生きる」ということである。

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 「生かされている」から

 「生かされている目的」があるのだが

 それは我欲を満たすのではなく

 現状を少しでも改善し

 人々を暮らしやすくするという目的である。

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 洗濯が楽になったり

 トイレ事情が改善したり

 交通手段も格段に進歩して

 人類は生存しやすくなっている。

 お墓や墓地にしても買いやすくなり

 これからはお寺がもっと分かりやすく

 布施なども改善され

 大きく変わってゆくと思う。

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 それは、そこに携わっている人間が

 改善、進化させてゆくのである。

 人間の生きる目的はそこにある。

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 携わっている人間とは

 主にその仕事をしている人とは限らない。

 たとえば、馬車で人を運搬していた人が

 蒸気機関車を作ったのではない。

 これからは、自動車会社ではなく

 インターネットなどの会社が未来の自動車を作るようになるだろう。

 その中にいると劇的な改革は出来ないものだ。

 全く畑違いの外部の人間がその部門の開拓者になることもある。

 お墓も全く畑違いの銀行員の方が

 新しいお墓環境を作り出せるかも知れない。

 お寺もお寺自身いかに努力しても小手先の改革になるだろう。

 世の中が期待しているのは大胆な改革である。

 いずれ、この世の全てのものが大きく変換してゆくのであるが

 それは外部の人間によってもたらされる可能性も大きい。

2017年11月 3日 (金)

暗唱と通読

 暗唱したものを

 通読すると

 文字ばかりに頼り

 暗唱した成果が

 通読に生かされない

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 暗唱に文字の意味があり

 通読は文字並べに過ぎない

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 文字に引きずられないように

 暗唱のリズムで

 通読することだが

 要するに

 まだ暗唱しきれていないのだ

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 お経の話

2017年11月 2日 (木)

仏様の力

 自分に力がなくても

 仏様の力を借りて

 ここまできた

・・(仏の力を科学的に表現すれば)・・

 仏の力とは

 自らの意識の奥にある

 潜在意識である

 潜在意識に到達する

 思いと行いによって

 神秘的な現象が現れる

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 数々の特許製品や

 一関霊園など

 そうして生まれた

 ものばかりである

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 価値ある仕事を捨てて転身しても

 なをこうして安泰にしていられるのも

 同じパワーだと思う

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 それまでは存在していなかったのだから

 執着していたわけではない

 それがなかったら

 生きてゆけないということはないけど

 心の奥底で

 未来に訪れるものを信じていた

 そうして

 フッと生まれたものばかりである

心の病

 体の病気に気付いても

 心の病気に気付かない

 心の病は

 執着心である

 病気を治すのは

 真言である

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 真言とは

 生きるキーワードである

 今、そういう言葉を紡ぎ出して

 書いている

 もちろん一般的口語体

 はたして

 真理を言い表し

 迷いを払しょくできるか

・・・・・・・・・(仏教でいえば)・・・・・・・・・・・・・・・・・

         -真言-

 ノウマク・サラバ・タターギャタナン・

 オン・ビホラギャラベイ・マニハラベイ・

 タターギャタ・ニダシュニ・ニマニマニ・

 ソラベイ・ビマレイシャギャラ・ゲンビレイ・

 ウンノン・ジンバラ・ジンバラ・ボラボロキティ・

 グギャ・ジシュチタ・ギャラベイ・ソワカ

      ・・・・・・・・・・・・・・・

      -以上は、ほんの一部の真言である-

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 お経には、行に合わせて吟ずる「偈文」

 人生の真理を説いた「経文・陀羅尼」

 祈りの言葉「真言」

などがあり、その内容はともかく、「偈文」、「経文・陀羅尼」、「真言」などを暗唱するまで念ずる生活をしていると、知らず知らずのうちに執着心から解放されるのではないか。

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 尚、般若心経の真言は

 羯諦羯諦(ギャアテイ・ギャアテイ)

 波羅羯諦(ハラ・ギャアテイ)

 波羅僧羯諦(ハラソウ・ギャアテイ)

 菩提薩婆可(ボジ・ソワカ)

2017年11月 1日 (水)

キラキラしてワクワクする

 目標とはキラキラしてワクワクするもの。

 しかし今、目標に向かって毎日一生懸命やっているけど、

 キラキラワクワク感がほとんどない。

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 新しい世界に飛び込むときは、

 いつも不安で悩んでいた。

 23歳で岩手銀行を辞める時も、

 辞めないでこのままいた方が安心だ。

 辞めなくてもいいんだよと自分に言いきかせてみた。

 しかし、運命に引かれるように新しい世界に入っていった。

 38歳で信用金庫を辞める時も同じだった。

 転勤もない地元優良企業にこのまま残る方がどれほど安全か。

 このまま働いてもいいと自分に言いきかせたが、

 スーッと新しい会社に移り、

 そこもまた同じように辞めて、

 41歳の時、結局自分で会社を興していた。

 若かった分、不安より期待の方が大きかったと思う。

 多少、キラキラ感、ワクワク感もあったかも知れない。

 私が独立した意義は大きかった。

 霧に包まれて分かりづらかった墓石業界に競争原理を取り入れ、

 ラクラク納骨墓石など全く新しい商品を提供し、

 価格も大幅に下がって来た。

 また、一関霊園を開園し、宗旨宗派関係なく

 誰でも墓地を購入できるようにした貢献は大きい。

 「みんなの墓」に至っては、誰でも5万円で納骨できるようになった。

 世の中が大きく変換しているが、その最先端の商品を

 具体的に提供している。

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 65歳になろうとしている今、また新しい世界に飛び出そうとしている。

 そして、今回も同じような気分になっている。

 このまま同じ仕事を続けてもいいと思っている。

 お客様もこの時期になっても多く来店し契約してもらっている。

 今年はいつもより調子がいいかも知れない。

 しかし、会社はほとんど後継者達でなんとか回れるようになっている。

 私に関して言えばそろそろ会長職でのんびりしてても悪くないが、

 しかし、そんな人生を私が許すわけがない。

 というわけで、さらに高見を目指すことにした。

 でもなんかキラキラワクワク感がない。

 贅沢な話だけど。

 そう思いながら、毎日新しい世界のことを一生懸命勉強している。

 3年かけて成就する予定でやっている。

 また、スーッと新しい世界に引き込まれてゆくのだろうか。

 そうすれば、現状に一石を投じることになるかも知れない。

 いずれ、今の私にはこの道しか残されていないような気もする。

 いよいよ最終仕上げに入ってきたようだ。

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