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2017年12月29日 (金)

見ざる言わざる聞かざる

 「見ざる言わざる聞かざる」とは、

 悪いことをやっている人がいるにもかかわらず見ないふりをする。

 悪いことを注意しなければならなくても言わない。

 悪いことに耳をふさいで知らないふりをする。

 そういう処世術(うまく世渡りする方法)のことだと思って、あまり好きではなかった。

 でも、今は全く別なことだと考えるようになった。自分自身の執着心に悩み、後悔の連続の日々を送っているうちに、執着心から逃れる術(すべ)こそ、「見ざる言わざる聞かざる」ではないかと思うのだ。

 私はこだわり(執着心)が非常に強いから悩みも多い。悩みが多いのはこだわる(執着する)からだということに気付いた。

 こだわること(執着すること)それ自体は悪いことではないが、問題は、どうでもいいようなことまで、いつまでもこだわって、自分を苦しめ、無駄な時間を過ごしているのではないかと思うようになったのだ。

 そんな執着心と戦う武器が「見ざる言わざる聞かざる」ということではないのか。かなり宗教的な意味合いの言葉(作品)なのだ。

 ジェットコースターの頂上に行っても、目をつぶれば何も怖くないように、恐ろしい執着心が襲ってきたら、すかさず目をつぶればいい。

 目を開いて悩んでいると殺されてしまうよ。

 もっとも、どうでもいいことかどうかは色々経験しなければ分からないから、結局やってやってやり抜いて、それから徐々に気づいてゆくもので、65歳とか70歳とか75歳とかにならなければ分からない真理ではあるね。

 そういう私は今もってやり過ぎています。間違いなく・・・。

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