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2018年7月31日 (火)

全ては決まっている通りに流れている

 米中貿易問題も、日本の金融政策も、市場の動向も・・、全てはあらかじめ決まった通りに流れている。

 ブレたものは元に戻され、決められた通りに物事が落ち着いてゆく。

 だから、心配することなく、決められた通り自分の役割に挑戦してゆけばいい。自分なりに新たな世界に対応する自分に変わってゆけばいい。

 変わらなければ、取り残されるだけだ。

2018年7月30日 (月)

いよいよお盆

 お墓屋にとって最大のイベントであるお盆がいよいよ来る。

 全てのお客様の納品に落ち度がないよう、毎年ピリピリ緊張する時期だ。

筋肉痛

 昨日の草刈りで筋肉痛。体いっぱいに草をつかみ、刈った草を何回も運んだ。がむしゃらに働いたのでお尻の筋肉やモモの筋肉が痛い。

 毎日体は鍛えているが、筋肉の使いどころが違っていた。

2018年7月29日 (日)

お寺の草刈り

 今日は菩提寺の草刈り。

 刈った草のかたずけ作業など肉体労働でグッタリ。

 下着も草や土で真っ黒になり、廃棄処分。風呂に入ってなんとか出勤。

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 草刈りは役員の仕事。

 総代5人と世話人12人、合計17人が参加。

 総代って先頭に立って肉体労働する役割。お盆には一般の檀家は、キレイになったお寺に涼しい顔でお墓参り。

 総代になって、役員の大変さがよく分かる。一般の連中は、知らないところで役員たちに支えられているのを知らない。

 先頭に立つ者はどこでも一番大変なのだ。パワーがない人間はリーダーになれないね。弱々しい人間は誰も社長に選んでくれない。

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 1日24時間、365日休まないのが社長業。パワーのかたまりだ。

 仙台店をやってた時、正月の売り出しで大雪に見舞われ、一関から出勤し朝から夫婦で雪かきしたことを今でも妻から言われることがある。

 葬儀をしていたときは、夜中12時、1時に呼び出され、病院から遺体を引き揚げ。なぜか死ぬのは真夜中が多く、これぞ24時間休めない状態・・・。

 というわけで、仙台も葬儀もやめたけど、今となってはいい思い出。パワーがあるから出来たのである。撤退費用だって5~6千万円。誰にも迷惑かけなかったのもパワーがあるからだ。

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 したがって、社員も弱音を吐くような人間とは肌が合わない。理屈を言ってやらない人間はいずれ当社から姿を消している。

 また、社長に歯向かってくるようなのもいない。創業当時は、銀行上がりの弱々しい奴と見くびって私にかかってきた連中も、今や姿かたちもない。

 社長が元気な会社はつぶれない。

2018年7月28日 (土)

毎日が判断の連続

 自分の日常を眺めてみると、毎日が判断の連続だ。

 今まで何もしないで暮らしていると自分を責めていたが、よく見ていると、毎日数多くの厳しい判断をしている。

 今日も朝から①販売墓石の微調整について指示、②本日10時以降に墓石魂入れ(引き渡し)が4件入っているので、各担当者の準備確認、③一関霊園の申し込みに来た親族(全員10人)に霊園の内容を説明、申し込み墓石の金額確定、受付④突然「みんなの墓」に申し込みがあったので即納骨手続き受付・・・・。

 「みんなの墓」申込者は、火葬場からタクシーで来たというので、納骨後自宅(当社の近く)まで送って差し上げることにした。

 その他の来店者も多い。皆、それぞれの担当者が対応してはいるのだが、まだ私の細かな目配りが欠かせない。

 何も具体的に動いているわけではないから、居候みたいなものだと思っていたがそうではないということを確認し、「私は働いている」と自分に言い聞かせた。

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 新製品、新規事業を考え出せなければ、私の存在価値はないとずっと自分を責めていた。そうして、多くの特許製品やいろんな事業を手掛けてきたが、そんなことしなくても日々忙しいではないか!

 そこで、今日から自分を「日常生活の相場師」と呼ぶことにした。

2018年7月27日 (金)

最近のこと

 「悔やまないように頭をすり減らしている」というのは、最近のこと。

 65歳にもなったのだから、大負けするような方向ではダメだと用心しているだけ。

 以前はどうだったかというと、全く何も考えないで、本能のおもむくまま、気分次第でどんどん前に進め!だった。

 最初から「悔まないように」生きたら、息が詰まってしまう。思いっきり悔むようにばかり生きてきたから、せめて65歳以後は少し考えて生きようと思っているだけである。

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 といっても、ほとんどの失敗は、すべて成功の足掛かりになっていたのは事実である。

 しかし、失敗をチャンスに変えるには相当のパワーが必要だった。65歳を過ぎたので、パワー不足を気にしている。

 失敗して、今までのように地上にはい上がってこれるかはその場にならなければ分からない。今までのようにいかないかも知れない。

 とすれば、少し慎重にならざるを得ない。

信念を持つ

 いい時は浮かれ、ダメな時は投げ出す。いいか悪いかで判断する。

 それに対し、ダメな時も、いい時も、絶対投げ出さない。信念を持つことが人生で最も大事なことではないだろうか。

 信念を支えるものが、悔いのない人生かどうかという判断基準。信念を持って、悔いのない人生をおくることである。

史上最低の人間

 少し良くなると、調子に乗って、天下でも取ったかのように浮かれる。

 思惑外れて、がっかりすると、途端に神妙になり、反省ばかり。

 欲望のかたまり。

 史上最低の人間。

 それが私である。

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 でも、

 何とか生かされている。

 感謝するしかない。

 恩を返してゆくのが人生である。

後悔

 行動に後悔なければ、

 後悔するような結果でも、

 問題ない。

2018年7月26日 (木)

一気に動く

 無風から、一気に動く。

 信じられない現象を久しぶりに見た。

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 人生は、信じられないところに、

 一気に進展する。

悔まないように生きる

 結局、一生こだわって生きるしかない。こだわりから逃れることは出来ない。やって失敗しても、やらなくてチャンスを逃しても、自分を許さない。

 つまり、やって成功し、やらなくて正解だったと言えるような人生を歩かなければ納得できないのだ。

 だから、毎日「やればいのか」「やらない方がいいのか」で悩み、頭が痛い。やるにしても、やらないにしても神経が磨り減るほど悩む。

 やって、やらない方がよかったと悔み、やらなくて、やればよかったと悔む日々を送るのはイヤだ。

 したがって、私にとって一番重要なことは、「悔まない」ように生きることである。人生の判断基準は、これをして、またはしないで「悔むか、悔まないか」が大事だ。

 儲かるかどうかではない、悔まないかどうかだ。

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 悔まないために、銀行を辞めた。

 結果、一日24時間、365日働き詰めだったが、全く悔やまなかった。同僚や回りの人間からは「バカな選択」とからかわれたが、辞めなければ、死ぬとき自分が新しい人生に挑戦しなかったことを悔むことを知っていた。

 これ以外の選択肢がなかったのである。

 現在、たまたま金銭的には成功しているから、皆は私を評価してくれているが、しかし、そんなことはどうでもいいことだ。

 「やらなくて」悔むようなことを「やって」ゆくしかない。「やって」悔むようなことは「やらないようにする」しかない。欲深い私が、死ぬときに安らかになるにはそれしかない。

2018年7月25日 (水)

少しやり方を変えてみよう

 従来のやり方では地獄へ落ちる危険有り。

 新しいやり方では、タイミングが計れない。

 年寄り向きではない。

 もう少しやり方を変えてみよう。

65歳を過ぎてこだわるもの

 お墓以外にやらなければならないものがある。何十年もの間こだわり続けてきたものだが、未だ確立されたやり方があるわけではない。

 未開拓の分野であり、手探り状態ではあるが、生かされてる限り何かしらの経済活動に挑戦しなければならないだろう。

 この分野で独自性が発揮出来るよう、慎重にやるしかない。

2018年7月24日 (火)

徹底的にこだわる

 振り回されない限り

 徹底的にこだわる

 だから

 回りを振り回している

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 今こだわっているのは

 お墓屋だから

 お墓のこと

 完璧に納品するために

 徹底的にこだわっている

どうでもいいことを止めなければならない理由

 どうでもいいことをやらなければならない理由と、

 どうでもいいことを止めなければならない十分な理由がある。

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 消去法的に考えるなら、

 どうでもいいことを、完璧にやり遂げる方法を持っていないから、

 どうでもいいことを選択する道は、私にはないと思う。

こだわるけど振り回されない

 仕事にこだわるけど

   仕事に振り回されたくない

 お金にこだわるけど

   お金に振り回されたくない

 女にこだわるけど

   女に振り回されたくない

 趣味こだわるけど

   趣味に振り回されたくない

 振り回されるなら

   こだわり自体を捨ててもいい

 65歳になったから

   こんなこと言ってもいい

2018年7月23日 (月)

あっさりやめる

 じっくり考え

 あっさりやめる

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 ゆっくり入って

 素早く抜ける

生き抜く

 とにかく

 生き抜く

 感覚を研ぎ澄まして

 それしかない

2018年7月22日 (日)

どうでもいいことで収入を得る

 どうでもいいことをやってる連中は収入が高い、と以前書いた。たとえば、野球、将棋、ゴルフ・・・・。そんなことする暇あったらコメ作ったり橋作ったりしたらと思うけど、そういう仕事に従事している連中の暮らしは厳しい。

 だから、悔しいから、65歳にもなって定年なったのだから、これからどうでもいいことに挑戦しようと考えている。

 しかし、どうでもいいことを、どうでもいいようにやったのでは、どうでもいい結果になる。どうでもいいことを、誰にもできないレベルでやってこそ、どうでもいいことでも収入を得ることが出来るのだ。

孫世代のため

 65歳にもなると、生きる目的が自分の為ではなくなる。

 先日、以前勤めていた信金のOB会に行って65歳になったよと言ったら、後15年ですねと言われた。平均寿命が80歳だからあと15年で死ぬということ。

 何ともさみしい話だが、90歳まで生きるにしても大差はない。いずれ、これから新しく何かをして飛躍してゆくという感じはないかも知れない。

 したがって、自分で世の中をきりひらいてゆくより、孫世代が世の中に貢献できるようにバックアップしてゆくことが自分に出来ることだ。

 そのためには、70歳までに会社のことを子供達世代に引き継がなければならない。9割は引継ぎしているからもう少しだ。

 その後、小学校に寄付したり、孫世代のために本格的に始動してゆかなければならない。寄付といっても相手の為ではない。自分自身の人生の目的を果たすためである。

 人生は、「守」、「破」、「離」。

 20歳~40歳は「守」、すなわち先輩や上司の教えを守り社会に貢献し、40歳~60歳は「破」、すなわち従来の先輩方のやり方を破り、独立しで自分自身の新しい手法で世の中に貢献する。

 そして、60歳~80歳は「離」、自分のことをから離れ、次の世代のために貢献する。70歳までに子供達世代に会社を渡し、70歳~80歳は孫世代に寄付するのだ。

 これが、自分自身の人生の目的である。というわけで、寄付は相手の為ではなく自分自身の為ということである。

2018年7月21日 (土)

悔しいから行動する

 儲けようと思って行動してもうまくゆくことはない。

 しかし、このままやられてばかりでは悔しいから行動する。

 ただし、うまくゆかない対象に目をつぶって、闇雲に仕掛けて、突っ込んでゆくようなことは出来ない。悔しいけど、そういう行動はプライドをさらにズタズタに傷つけ、自滅するだけだ。

 そこで、新たな対象に向かって突進する。いつもはやらないような相手に向かってゆく。そういう、とっさにとった行動が、信じられない良い結果となる。

2018年7月20日 (金)

人の心

 一番大事なのは「人の心」だ。

 特に我々は田舎で暮らし、近所付き合いがある。しかも、何代にもわたって付き合うのである。

 したがって、隣人との付き合いが一番大事。笑顔で元気よく、多少自分を犠牲にしても、助け合ってゆかなければ成り立ってゆかない。

 「おかげ様」、「いつもありがとうございます」、「すみません」、「私がやります」・・・・、心優しい地域づくりを心掛けなければならない。

 一番大事なことの一つだ。

リスクに挑戦

 新しいことを始めるか、リスクに挑戦するか。

 私はそういう風にしか生きられない。

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 リスクの世界では、勝って天下を取るものと、負けて地獄に落ちるものとがいる。

 私は、負けても必ずはい上がってくるタイプ。負けなければカッコいいんだが、すり傷だらけで勝ち上がってきた・・・。

2018年7月19日 (木)

節約できる対象を探す

 お墓は、創業当時の私にとって、まだまだ節約出来る対象だった。そして、節約して価格をどんどん引き下げていった。

 同じようなのがメガネ業界である。メガネも価格が高いものだった。そこに参入したのが「弐萬圓堂」、その後さらに低価格の「眼鏡市場(めがねいちば)」などがお客様の支持を得ている。

 スマホとかラインとかインターネット売買とか新しい時代を提供することが出来なければ、既存事業で価格が高止まりなところを探し、そこで節約行動することによって価格引き下げを図るしかない。

 誰でも納骨できる「みんなの墓」を5万円で提供しているのはかなり世の中に貢献していると思う。造成には一千万以上(土地代除く)かかっている。

意味のないものにつぎ込まない

 とすれば、意味のないものにつぎ込まないことだ。

 逆に言えば、一生懸命節約して生きることである。何の取り得もない我々に出来ることは・・・。

同じ生き方しかできない

 私は常に新しいことをしていないと死んでしまう人間。常に泳いでいなければ死んでしまう「カツオ」と同じだ。

 新しいことを始めるといても、やることは違っても、やり方は全く同じ。私は全然変わっていないことを確認し、確信した。やっぱりこれしかないのだ。失敗しても、成功してもこういう生き方しかできないのだ。

 成功するか失敗するかは、何を手掛けるかにかかっている。とりあえず、お墓事業は私に合っていたということ。

 お墓を始めるにあたって、展示場、お墓の展示品、機械重機、その他の機材購入のため、所有していた貸家を売り払ったり、コツコツ貯めてきた預金など全財産を投入した。出資した対象がお墓だったり霊園だったからどうにか世の中に認められているだけ。

 ほかのものを始めていたらどうなっていたか分からない。

 とにかく、何かに対し、体も心もお金も全てつぎ込んでいないと気が休まらない。全て出し切らねば死んでしまうのだ。

 一応、今までの経験を生かして細心の注意はするけど、死なないために、このやり方だけは止めるわけにはいかない。そうして、つぎ込み続けてゆくのが私が私である理由である。

2018年7月18日 (水)

自ら働く

 自ら一生懸命働けばいい。

 自分が自分から撤退することなどない。

撤退

 撤退はダメージ少ないうちにやる。

 私が、多くの撤退を経験しているにもかかわらず、こうしてなんとか現状を保っているのは、撤退の決断が早いだけではなく、撤退によるダメージが少なかったからではないか。

 ダメージとは金銭的なもの、精神的なものがあると思うが、特に金銭的なダメージが少なければ立ち直りも早いだろう。

 どれくらいのダメージでまいってしまうかは重要である。最初は真剣に始めるかも知れないが、後で振り返って、貴重な勉強をしたと思える状態で撤退できれば最高だ。

 人間誰しも失敗するのであるから、撤退の仕方が人生を分けると思う。

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 でも、撤退って、とてもつらく、苦しいものである・・・・。

 しかし、なぜか悔しいと思ったことは少ない。それは撤退の決断が正しい場合に言えることだ。また、撤退するにあたり多くを学ぶことが重要だ。撤退が成功のキッカケになるからである。

 撤退しないでもう少し我慢すればよかったと悔むような撤退はダメだな。

2018年7月17日 (火)

失敗するから撤退する

 失敗するから撤退する。失敗しなければ撤退しない。

 そのものが、人生にとって意味のないものであれば、失敗しないことは人生の無駄である。したがって、失敗して早めに撤退できれば、失敗したことを喜ぶべきである。

 人生にとって意味あるものを見つけるチャンスである。

我慢の日々

 毎日我慢の日々が続く。

 アイデアで楽しようと思うと逆に失敗する。

 このまま行くしかない。

2018年7月16日 (月)

結局

 結局、となりに巣作り用の板をセットしてやることにした。

 根負け。

 努力するものは報われるということがよく分かった。

残念

 今朝、出勤したら、ツバメを追い払おうと立てておいたほうきの上に巣づくりして、なんと巣の形が出てきているではないか。昨日帰る時は何もなかったのに・・・。

 ほうきを立てたのが、ツバメにとっては都合が良かったのである。真下に私がいるのに、おかまいなしにツバメがほうきにすがっている・・・・。

 こうなると、ほうきを取るのもかわいそうになって来る。

 どうしたものかと考えていたら突然ほうきが倒れて、巣も崩壊してしまった。巣の重みで倒れたのだ。商売の神様が困っている私をみて、ほうきを倒してくれたか。

 それにしても、出勤したばかりで悩んでいるところで倒れてくれるなんて、あまりにもタイミングが良すぎる・・・!

2018年7月15日 (日)

社長は大変

 今日も忙しい。

 納骨3か所、みんなの墓申し込み1件、霊園本堂で法要1件、これから仏壇購入予定のお客様が来店予定・・・。

 私が担当するわけではないが、お客様に満足してもらえるか責任がある。社長は大変である。

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 我社の玄関をツバメが狙っている。

 いつも事務員のタマちゃんに掃除してもらってるが、今日は休みなので私が対応。他人まかせの時は気が付かなかったが、このツバメはしつこい。

 しかし、可愛そうだが、玄関に巣を作られるわけにはゆかない。ほうきで邪魔したら、ほうきに巣を作ろうとしている・・・・。

 つい、ツバメに言った。「食べるぞ!」

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 そうしているうちに、仏壇のお客様も来店・・・。当社の建墓者だった。仏壇も決めていただきました。

 そして、フリーのお客様が来ました。お母さんと息子さんみたい、お墓を作りたいようです・・・。お墓屋だからな・・・。

 ・・・ご契約をいただきました。

 また、仏壇を見に来たお客様が来ました。宮城県ナンバーだから、気仙沼のお客様かもしれません、説明を聞いて一旦帰られました。

 電話も多い・・・。

2018年7月14日 (土)

有名人は皆どうでもいい仕事をしている

 有名人でまともな仕事をしている人は誰もいない。

 ①将棋の藤井7段。将棋してどうなるの・・・?将棋でネギやホウレン草が出来るの?

 ②プロ野球選手。野球してどうなるの・・・?野球で魚や牛の肉がつくれるの?

 ③作曲家。歌作ってどうなるの・・・?ビルや橋が出来るの?

 ④バラエティー番組のタレント。バカみたい・・。何か製品出来るの?

 一生懸命ネギやホウレン草作ったり、漁師になったり、家畜を扱ったり、ビルを建てたり、橋を作ったり、工場で車や冷蔵庫作ったり・・・、そうして汗水たらして働く連中など誰もテレビで取り上げない。

 有名人は皆どうでもいい仕事をしている。逆に言えば、いい加減な仕事をしなければ有名人になれないということだ。

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 私はそんな、どうでもいい、いい加減な仕事をしたくなかったから銀行員になりお墓屋になった。そうして年中無休、24時間真面目に働いてきた。

 有名人にならなかったが、それが私の正直な生き方である。

 そして、65歳になった。そういう働き、生き方の定年を迎えたといってもいい。真面目に、地道にやり切ったのである。

 だから、これからはどうでもいい仕事に挑戦し、有名人に負けないようになりたい。いい加減な仕事に挑戦したものだけがいい思いをするなんて許せない。

 だから、私だっていい加減な場所で生きられる、いい加減な仕事だってできるということを証明しなければならない。これまでの地道な生き方は、65歳の定年だということで許してもらいたい。

 お墓は娘夫婦や、若い連中が引き続き頑張っている。もちろん私も毎日会社に来て見守っている。スキはない。安心して注文してほしい。

 私はプライドだけで生きているみたい・・・。

なぜプロ野球選手がいいと思っているか

 なぜ、プロ野球選手がいいと思っているか。それは、テレビを通じて数千万人という観客すなわち顧客を持っているからだ。

 したがって、実力があり努力すればものすごい収入を手に入れるチャンスがあるということだ。そういう観客動員のシステムの下で働くというところに意味がある。

 これが、誰も観戦に来ない。せいぜい家族が応援に来るだけ。野球なんて暇な人達がやる遊び・・・などという社会の認識では、いくら大谷選手が体がデカくて速い球を投げたって、誰も評価しない。

 同じことをやっても、全く評価されないのである。

 戦争中であれば、戦闘機をうまく操縦する人間の方が評価されるだろう。大谷さんのように体がデカい連中は飛行機に乗るにも、狭い戦場で戦うにしても不利で邪魔にされるだけだろう。

 しかし、現在は何と言ってもプロ野球選手は皆のあこがれの的だ。そういう社会になっているのだ。そういうところで働くということが有利である。繰り返すが、観客が多いところ、顧客が多いところで勝負しなければ巨万の富は得られない。

 自分の働きが、多くの観客を必要とするようなものでなければ富はあきらめた方がいい。何としても富にこだわるのなら、多くの観客、顧客がいる仕事を探すことだ。

 したがって、私はメジャーなところで自分を発揮しなければならないと考えている。同じ人間に生まれて、たまたま大谷さんより体が小さく、腕も太くないというだけで負け犬になるのはイヤだ。

 人間として、死ぬまでに必ず大谷選手や有名な作曲家達のようになってみたい。同じ人間なら必ずなれると信じている。あきらめるのは早い。

 これから新しい挑戦が始まると思っている。死ぬまでに必ず追いついてやる。

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 話だけ、夢だけを言っているのではない。

 なぜならば、新しい世界にあこがれて銀行を辞めた人間である。そして、多くの失敗とそれ以上の多くの成功を手にしてきた。

 私は言葉だけの人間ではない。実績がある。考えているより実践する人間である。そういう意味で、私には「やらなければならない理由」があるのだ。

 65歳、あきらめる年齢ではない。多くの経験をもとにスタートする時である。

節約

 節約する生き方をする人に「運」が舞い込む。

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 節約する→運が舞い込む→お金が入る→節約する→運が舞い込む→お金が入る・・・

 貯まりっぱなしだな・・・・。

 と、思って油断すると逆循環になり、一気に坂道落ちるように地獄行きだ。「まさか」の坂は恐ろしい坂だ。

 節約している人は、「まさか」の坂に落ちても“ひょい”と跳ね上がってくるものだ。

結局、「運」

 昨日の戦いは「運」もあった。結局、「運」の勝負となれば、普段からの生活態度、考え方を「自然体」にしておくことが大事である。

 こうして世の中を見渡してみると、「素直」な人は救われている。心の奥底から「素直」に生きる、自分ばかりではなく相手を大切にする、世の中のためになるように生きる・・・そういうことが大事である。

 怒ったり、短気になったり、気持ちが動揺していては勝てるわけがない。そういう意味では、スポーツ選手や将棋の棋士などと同じような人種になったような気がする。

 お墓屋として建設関係の仕事をやったり、銀行員として公務員みたいな仕事をやったけど、今まで誰も考えたことのないような特許商品を発明してきたように、野球や将棋などの勝負師として活躍する「自由人」になることがあこがれだったのかも知れない。

 自由な発想を収入の手段とするのは作曲家などもそうだ。

 あの人はどのようにして収入を得て生活しているんだろうと不思議に思われるように生きたいと思っていた。いよいよこれからである。億万長者になるのは・・・・。

土地売却

 遊休土地売却のための分筆測量で水沢に行く。

 事業始めてから買った土地が数千坪。使用していない土地は順次売却しなければならない。

2018年7月13日 (金)

戦えない状況(→でも結局戦った)

 戦えない時ってある。状況を見守るだけってある。

 そんな時だって、無事家に帰れる・・・。

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 朝方、上記の投稿(ブログ)したけど・・・

 でも、今日も結局戦ってしまいました。考えてみれば、事業展開も考えてばかりでなく、とにかく行動してきた。

 机上の計算で成功するかどうかより、やってみてどうなるかが私にとって大事だ。計算上でうまくゆかなくても、やってみるとうまくゆくということがあるのではないか。・・・・現実は甘くなかったというのが結論だけど・・・。

 その結果、創業当時は一関店、水沢店、北上店、気仙沼店、一関霊園・・・・と行動し、ほとんど成功。そして最近は、葬祭業、仙台店、盛岡店、ラーメン店・・・とほとんど失敗。

 でも、これが私の生き方。全然落ち込んでいない。むしろ、失敗しても、そこからアイデアを出し立ち直り、失敗以上の成功を手にしてきた。失敗はモチベーションの獲得である。一応、借金もない。

 だから、私は結局戦うように出来ている。最近の自分の行動を第三者的に眺めていてそう思う。自分ってとにかく面白い人間だというのが分かった。

 人間として「やらなければならない理由」に気付いてから、最近は失敗しない、負けないようにもなった。

自分の力量を試してみたい

 銀行を辞めたときもそうだった。

 給料に不満があったわけではない。仕事も順調だった。しかし、何かが満たされなかった。その理由を探し出すため飛び出すしかなかった。

 新しい世界で自分の力量を試してみたい。やらなければならない理由があったのだ。

勝つことより負けないこと

 勝つことより負けないこと。

 無事に家に帰れればそれでいい。

 といっても、それは激しく戦うから思うこと。

 戦わない人達とは人種が違う。

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 といっても、正直言って今日も戦いたくない気分。こんな戦いはしたくない。じゃあ、なぜ戦うのか。それは、やらなければならない理由があるからである。

 何一つ困っていることはないのだけれど、男にはそういう理由ってものがある。

 やらなければならない理由は、人類最大の宝であるモチベーションである。

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 たとえば、最愛の恋人と別れたり、振られたら、落ち込んで一生結婚しないだろうか。結婚して、子供を作って新たな世界に踏み出す。男にとって重要なことである。

 とすれば、新しい恋人を探し出すことは、やらなければならない理由だ。落ち込んでばかりはいられないのだ。

 65歳になってもやらなければならないことがあるって素晴らしいではないか。難しい作業だから頭が痛いけど、今日一日うまく乗り切るしかない。

 無事に家に帰れることを思って戦うしかない。

2018年7月12日 (木)

運がよかった

 考え方は合っていたが、結果はなぜか逆の方へ行った。

 本来は大失敗だったが、今日は運だけで命拾いした。運だけの一日だった。ぎりぎりの勝負を仕掛けないことが生きのびている要因だ。

 戦闘員にとって、無事に家に帰れるだけで、本当に幸せなことである。

無事に家に帰る

 昨日も、無事に家に帰りたいと思った。そうして無事に家に帰ることが出来た。

 今日も、無事に家に帰りたい。

 そういうことがありがたい。

かみ合わない

 かみ合わない日々が続いています。

 目的達成に向けて、微調整を繰り返すしかない。

2018年7月11日 (水)

作曲家

 どんなに有名な作曲家といえども、ヒット曲が出なければ地に落ちる。逆に言えば、ヒット曲を連発するから、有名になっているのだ。

 不確実性の中に確実性を見出す。これが、収入が安定している銀行員や公務員と作曲家との違い。

 作曲家は一般の企業経営者とどこか似ている。特に我々のような小規模零細会社は、独自性を出し、ヒット商品を生み出さなければ生き残ることは出来ない。

 昨日、作曲家浜口庫之助氏の話題が出ていた。普段の生活の何気ない言葉のやり取りから詩を拾い出すのだという。

 毎日、アンテナを高くして、ヒットする言葉を探し出しているのだ。毎日毎日が勝負。だんだん私もそんな生活になって来た。

 数々の特許墓石、一関霊園、みんなの墓・・・・、さらに挑戦すべくアンテナを高くしている。私も作曲家のようなものだ。

2018年7月10日 (火)

自分を信じて粘り強く

 自分を信じて粘り強くやる人間だけが成功のゴールにたどり着く。

 才能を頼りに、カッコよくやろうとしてしてもダメだ。どんな苦難苦境でもあきらめず、粘り強く前に進んでゆく。

 そうして成功する人間になりたい。

2018年7月 9日 (月)

やらなければならない理由がある

 現状に妥協したり、満足している連中もいるだろう。

 しかし、私にはやらなければならない理由がある。

 これこそ(このモチベーションこそ)、生きてゆくうえで最も大切な宝物である。

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 そして、やらなければならないと、分かっていながらやらない連中が多い中で、私は一歩踏み出す勇気がある。

 また、ここまでくる間には、何度も地獄に遭遇したが、アイデアを出し、不死鳥のようによみがえり、羽ばたいてきた実績がある。

 これからも、私は必ず自分が思い描いたように生きてゆこうと思っている。

ステータス

 ステータスを求めて生きている。プライドが高い。

 昔、銀行員はステータスがあった。どんな素晴らしい企業であっても、銀行員に対しては一目置いた。銀行員は会合の時など、床の間に座らせられるという言われ方をしたものだ。

 それが、銀行に入社して十数年も経つと、取引会社の集まりである信和会などではもっぱら社長連中のビール注ぎをするようになっていた。

 時代は銀行員の立場をどんどん引き下げていったのだ。ちなみに、現在当社に来る銀行員は知識も情報も無い若いお兄ちゃん。事務員のつまらない話に付き合っているだけ。給料が安定していればいいのか、プライドも何もない。

 したがって、その上司たる支店長、理事長といってもたかが知れているのだ。

 法務試験で全国で30位以内に入ったり、宅建などの資格を取ったり、とにかく勉強好きの私だったが、時代の波にはかなわなかった。どんなに頑張っても銀行員に、もはやステータスを求めることは出来なかった。

 というわけで銀行辞め、ステータスを求めて一般の会社に勤めることにした。ビールを注がれる方に回ったのである。現在もその延長にいるに過ぎない。ビールを注がれる方に居たいだけだと思っている。

 しかし、会社を創業して25年(銀行を辞めて新しい世界に飛び出して28年)にもなると、時代はまた大きく変わって来た。今のままでは安泰としていられなくなってきたような気がする。

 どこより安く、どこより価値あるお墓を作っても、お墓に対する環境が大きく変わってきているのだ。

 そこで、私の特質を生かして毎日の挑戦が始まっている。こうなってくると、一生仕事、一生戦いだ。絶対負けられない、負けたくないという根性も出てきた。

 今までの私からは信じられない変化である。こうなれば誰よりもいっぱい儲けて、世の中にいっぱい寄付できる人間になるしかない。それが私のステータスだからである。

2018年7月 8日 (日)

みんなの寺「トピックス」

 「みんなの寺」のホームページ、「トピックス」が更新されていなかった。

 北上店で更新してもらっていたのだが、技術的な問題というより、パソコンと北上店のインターネット回線の相性が悪かったらしい。

 今日、本社(一関)で更新処理したら成功。インターネット上に「みんなの墓」の最近の納骨風景が表示された。

 いくら人気があるといっても、最近の様子が写真で分かると親しみがわく。先日は、北上市役所から紹介されたというご家族が納骨された。

 「みんなの墓」には、毎週のように納骨されるようになった。

逃げられるものは逃げる

 逃げられるものは逃げる。

 どうしてもやらなければならないものは、我慢してやり過ごす。

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 やりたくないものからは、逃げる。

 やらなければならない役なら、役を下りる覚悟だ。

 会いたくない人には、会わない。

 どうしてもやらなければならないもの、

 合わなければならない人は、我慢してやり過ごす。

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 真実だけを追求して生きたい。

2018年7月 7日 (土)

藍綬褒章

 保護司の住職が藍綬褒章受章ということでベリーノホテルでの祝賀会出席してきました。

4つの業務とは

 ①墓石業務

  墓石建立、戒名彫刻、墓石リフォーム、一関霊園、みんなの寺・・・

 ②不動産事業

  霊園開発、宅地造成、住宅リフォーム、不動産取得、売却・・・

 ③投資業務

  アンテナを張っていること、行動し続けることである。

 ④趣味

  執着し研究し過ぎる傾向があるから、業務みたいになっている。

2018年7月 6日 (金)

4つの業務

 4つの業務を持っていると、タイミングがいい。

 暇になるとわき道にそれる。一日中、頭の中で何かを考えているようにしておかないと悪の道に入ってゆく。私の場合。

 一つのことがまとまったら、別のことを考える。最初に、考えなければならないことが決まっていると、何をしたら良いか悩まなくていい。

 常に何かしていないと、自分を持て余してしまう。

2018年7月 5日 (木)

前進

 成功したり、失敗したりしながら、前に進む。

 成功ばかりでは行き詰まる。

 失敗ばかりする人は、人間的におかしい。

2018年7月 4日 (水)

罪深い人間

 最近の私は罪深い人間である。

 自分のことばかり考えている。

 当然、軌道修正する。

社会預金

 給料以上に一生懸命働くことを「社会預金」という。自分の通帳に預金するだけが預金ではない。給料が少なかったら、社会に預金している思えばいい。

 その社会預金は、後から必ず利息が付いて戻って来る。サラリーマン当時、一生懸命働いた結果、独立してから利息がついてお金がいっぱい返ってきていると思っている。

 しかし、最近、社会預金もせずに、利息が付いてお金が返ってくることだけを期待している。私のこと。欲深い人間になりたくないものだ。

自分が何をしたいかではなく

 自分が何をしたいかではなく、

 皆がどうなりたいと思っているのかを、

 実現させる。

失敗は早い方がいい

 早く切り替えしないと、

 すぐ年とってしまう。

2018年7月 3日 (火)

自分を取り戻せ

 小銭にこだわり、

 身動き出来ないでいるより、

 小銭など捨て呪縛から逃れ

 自分を取り戻せ。

 私はいつもそうして、

 自由である。

なぜ失敗するか

 なぜ失敗するか、

 それは、成功してほしいからです。

 なぜ成功するか、

 それは、試されているのです。

2018年7月 2日 (月)

地震、ハリケーン、火山爆発、そして大恐慌

 アメリカの貿易関税政策に対し中国も一歩も引かない。

 中国も利益だけ上げていればいいものを、資金力に物言わせて、軍事的に世界を支配しようとしている。

 世界一遅れていた国が、十数年で世界一の技術国になり、さらに軍事力をちらつかせて世界中でやりたい放題を始め、アメリカに脅しかけているのだ。 

 最近は巨大地震やハリケーンが発生したり、突然火山なども爆発したりしている。

 アメリカは空前の好景気の真っただ中だけど、どうも様子がおかしくなってきている。一時的な株価の乱高下で済むのだろうか。

 経験したことないけど、各国が自国第一主義を主張し合っているうちに、経済活動が滞り、大恐慌が訪れたりするのではないだろうか。

 アメリカ対中国、アメリカ対ロシア、アメリカ対ドイツ、アメリカ対日本、韓国・・・。第三次世界経済戦争が始まってしまった。行くところまで行くしかないかも知れない。

2018年7月 1日 (日)

四十肩

 数カ月痛かった四十肩が、やっと治りそうだ。四十肩は長い場合1年もかかるという。私の場合でも5カ月。

 左腕が後ろに8割行くようになった。通常生活では全く痛みを感じなくなった。

 原因は、無理な姿勢で左肩を使い過ぎた結果。軽いものだからと、いい加減な姿勢で荷物を持ったりして肩を使い続けたからである。

 「しまった」と思たときは手遅れ。何回もやっているのに、懲りていない。

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