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2020年5月31日 (日)

思いつきでやる

 ある人から聞かれた。

 「いろいろ先のこと考えてやる方ですか、 思いつきでやる方ですか?」

 とっさに答えた。

 「思いつきでやってしまい、失敗ばかりしている。」

 でも、続けて言った。

 「失敗してから後が、私が他の人と違うところだと思う。」

 「失敗した後、いろいろ工夫して、失敗した以上の成果を手にしている。」

 「大成功している。」

 さっき書いた、ブログの通りである。

道は開ける

 なんか、

 もうあきらめるしかないと思っていたら、

 私にピッタリの道が、

 あるもんだな。

 道は、開けるものだな。

 無理だと思っても、

 勇気を出して、

 断崖から落ちる覚悟で、

 やってみると、

 想定外のアイデアが湧いてきて、

 道が出来てゆく。

2020年5月30日 (土)

私をあきらめない

 私が、

 私をあきらめない限り、

 私は、

 永遠に理想の

 私である。

 私は、

 どんなことがあっても、

 私を

 あきらめないと思う。

          有一

2020年5月29日 (金)

人生の行程から1つ抜く

 ギチギチと詰め過ぎている私の人生。

 人生の工程表から、1つ抜こうと思う。

 やりたいこと、やらねばならぬことを、全てやろうとせず、1つ抜くことによって、ゆとりを持ち、一つひとつの出来事を楽しむ余裕を持って生きるのだ。

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 夫婦で旅行すると、足腰が元気な私は、早歩きで、いろんなところを見たり経験したり、忙しい。しかし、あまり工程を詰め過ぎると、時間に追われる旅行になって、一つ一つを楽しむ余裕が失われるのに気付き、最近は、計画した旅行の行程から、意識的に、1つ工程を抜くようにしている。

 全工程を計画してから、あえて何か1つ省くのだ。そうすると、心の余裕が生まれる。旅行らしくなる。

 人生もそれと同じにすれば、人生らしくなるんではないかとふと気が付いた。

 67歳の今まで、徒競走のように走ってきたからな。立ち止まって、回りの風景を見て楽しんでもいいではないかと思うようになった。

 その周りの風景の一つが、社員に書いてもらっている「本の感想」とそれに対する「私のコメント」だ。もう、何年も続けている。最近は娘達とも始めた。人生を引き継ぐ大事な時間だと考えている。

 他人に教えるより、自分が戦った方がいいかも知れないが、そんなに急がなくてもいい。私の人生の行程から1つや2つ抜いてもいいのだ。やれないことがあってもいいではないか。

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 もっとも、これから大仕事がまだ残っているけど・・・。

2020年5月25日 (月)

断捨離

 やってもやってもキリがない。

 断捨離に少し、

 はまってしまった。

2020年5月24日 (日)

何人たりとも

 今朝ふと思った。

 何人(なにびと)たりとも、私の自由を奪うことは出来ない。・・・と。

2020年5月23日 (土)

木の実が自然に落ちるように

 新しいアイデアが生まれるというのは、

 物事が成熟したとき、

 木の実が自然に、

 ポトンと落ちるように、

 降りてくるものなのかも知れない。

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 10年以上前から、欲しいと思っていたものが、

 やっと手に入りそうになってきた。

 と同時に、

 10年以上前ほど、

 その欲しいものに対する欲望も、

 さほど大きなものではなくなっている。

 私も自然体、

 成ろうとしているのも自然体。

 特に、強烈にうれしいとも思わない。

 そうして、物事はゆっくり成ってゆくのかも知れない。

 時間がほしいのだ。

 10年以上前に欲しかったものの実現、

 ということは、

 まだ、私の欲望に、

 時間が追いついていない。

 時間を引っ張って、

 生きている。

2020年5月22日 (金)

求めよ、さらば与えられん

 求めよ、そうすれば与えられるだろう。

 平成6年に創業し、求め続けて26年。やっと、思う通りの形になってきた。こうなったのは、運もある。奇跡かも知れない。だから、幸せの最中にある。

 しかし、今までの25年と、これからの20年は、全く違うものになるだろう。今までの経験、実績は全く通用しない時代が始まっている。ゼロからのつもりで、再び立ち上がらなければならない。

 新しく、何を求めて行くか。それが全てを決定する。

そう簡単にヒット曲生まれない

 新沼謙治だって「嫁に来ないか」だけがヒット曲じゃないか。弘田三枝子だって「人形の家」、五木ひろしだって「横浜たそがれ」の他、たかが知れている歌だけ・・・。

 同じように、私だってそう簡単に「ヒット商品」生まれない。

 特許墓石「あかり」のラクラク納骨、千年の祈り、リンナル、特許墓石全国展開、一関霊園、みんなの墓、新生水沢墓地・・・。そして今、新商品を生み出そうと陣痛のさなかにある。苦しんでいる最中。

 大きな流れとしては、墓石→墓地→仏事・・と、守備範囲を広げている感じ。同じかごの中で悩んでいてもたかが知れている。舞台を広げてゆかなければ・・・。

 しかし、生みの苦しみの先には、未だ何も見えない。何かとシンクロナイズしていて、ポンと降りてくるような気もする・・・。

猊鼻渓「運太郎」リニューアル

 猊鼻渓は5月31日まで、コロナによる臨時休業中。

 この間に、猊鼻渓の「運太郎」お土産の展示品をリニューアルした。

 従来、1300円のお土産を展示していたのを、600円のものに変更。展示ボックスも真新しいピカピカのセットに変更したら、気分がいい。

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 我が家の断捨離中に、祖父(守実)の叙勲の賞状が見つかったので、額を注文していたが、昨日納入されたので、早速賞状を入れて座敷に飾った。額は、叙勲用の特別なもの(勲章も入るようになっている)で、4万円。昭和15年4月29日付の受賞、勲章も見つかっていた。

 なぜ額に入れたかというと、父(正人)も叙勲され(平成16年10月22日付)、既に賞状や勲章が、同じような立派な額に入っていたので、祖父も同じようにしてやらなければと思ったから。

 座敷に、叙勲の立派な額入りの賞状が2つ並んで壮観だったが、問題は、その次の人、すなわち私はどうなの・・・?ということ。国のために特別なことやってこなかったな・・・。500万円お金を出せば「褒章」はもらえるらしいんだけど・・・。その次の代の伸伍君のこともあるし・・・。

 結局、私以降は、別な形で世の中に貢献してゆくしかないね。叙勲者の7割が公務員だというから、叙勲には縁がないかも。

2020年5月21日 (木)

降りてくるもの

 ヒット商品は、作るものではない。

 降りてくるもの。

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 貯めてちゃ降りてこない。

 出すから降りてくる。

全て自分のアイデアにかかっている

 人生の命運も、会社の将来も、全て自分のアイデアにかかっていると思う。

 人々に役立つ商品を作れるか、その一点にかかっている。

 しかも、私が関係しているのは、墓石・石材分野、墓地・土地事業、お寺・仏事全般、猊鼻渓の土産品・・。

 だから、その分野から、ヒット商品をつくるしかない。

2020年5月20日 (水)

アイデアがどんどん湧いてくる

 アイデアがどんどん湧いてきて、得意の工作で、製品を創作している。

 出来上がった作品は、手が切れるような、キレキレのもの。宝石箱のように美しい。

 今まで、なぜ出来なかったか。それは、作る理由が見つからなかったから。

 作る理由探しに悩んでいたが、最近、やっとつかめてきたような気がしていた。そのとたん、作らなければならない作品のアイデアが湧いてきたというわけ。

 面倒な性格というか、新製品とはそもそも、このように、面倒で難しいものなのだ。

2020年5月19日 (火)

今日が予定日の19日

 今日19日(火)は、6ケ月前からの予定日。2~3カ月前から今日の日が気になっていた。

 そして今、終わって、無事帰ってきた。

 時間が経つのは早い。しっかり目標立てて、毎日少しずつでも前進しなければ、たった一回の人生、後悔してしまうことになるだろう。

2020年5月17日 (日)

人生とは呼吸

 人生とは呼吸である。

 吸ってばかりいても、はいてばかりいても、窒息して死んでしまう。

 吸ったりはいたり、しないとダメ。経済活動で言えば、お金を一生懸命貯めるばかりではダメ。出さないと窒息してしまう。

 だから、私は今まで一生懸命働いて、あまり無駄遣いしないでお金を貯めてきたから、それを出さなければ「心」が死んでしまうということに気が付いた。

 だから、コロナ特別給付金10万円は、一応、受け取るけど、誰かに寄付する。誰かのためではない。自分が呼吸したいだけ。自分のためである。

 もっとも、使えるだけ使ってしまう人も、経済的に息が出来なくなり、すぐ死んでしまうね。

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 成功しては、大失敗し・・・、人生ってうまく呼吸するようになっている。

 なぜ失敗する。それは、成功しているからである。なぜ成功する。それは、失敗が続いていたからである。

 要するに、呼吸しているのだ。

2020年5月16日 (土)

コロナ特別給付金10万円

 コロナ特別給付金10万円。我が家では7人家族なので70万円。

 70万円が世帯主である私の口座に入ると言ったら、娘からそのお金どうするの?・・つまり、自分達に回ってこないの?・・・ってこと。

 それぞれに分配すると言ったら、ホッとした表情・・・???

 私の分10万円は、誰か(家族以外)のために全額寄付することにしている。なんか、使う気になれない(断捨離するくらいだから)。かといって、貯金するのもどうかと思う。

 結局、こういう時は寄付するのが、精神衛生上一番いいと思っている。

2020年5月15日 (金)

一つ所に集まってワーワー

 コロナウイルスによって、一つ所に集まってワーワー騒ぐ商法は通じなくなった。

 若者を、群集心理で誘い出し、ワーワー騒ぐコンサート、デカい球場作って集団となって応援するプロ野球、行列のできる〇〇店・・・。

 歌ってる人の顔も見えないコンサートどこがいいの?外野席なんか選手もボールも見えない、そんな球場に何で行きたいの?飯食うのに1時間も行列してまで行く?

 普通考えれば「おかしい」商売が、コロナウイルスによって「まとも」になっただけじゃないの?

 倒産しているところは、もともとギリギリの商売していたところ。がっぽり儲かっていたところは、一人ひとりを大切にしない商売していたところ。そういう商売があぶり出されているのかも。

2020年5月14日 (木)

エンジン付ければ暴走

 グライダーで飛べば、嵐で墜落。

 エンジン付ければ、暴走で衝突。

 ちょうどよく、飛べないものか、オレは。

2020年5月13日 (水)

自分のエンジンで飛べ

 景気頼みの事業、経営ではなく、

 自分のエンジンで飛べ。

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 穏やかで、いい風が吹いているとき、

 気持ちよく飛んでいるグライダーを見て、

 自分も、エンジンなどの設備しないで、

 風に身をまかせて、

 簡単で楽な人生を送りたいと飛び出しても、

 嵐に巻き込まれ、

 悲惨な結果になる。

2020年5月11日 (月)

逆境を跳ね返すパワー

 逆境を跳ね返そうとするパワーが推進力。

 奇跡的な人生を手に入れることが出来る。

 設備は一切不要である。既存のもので十分戦える。

 もっとも、設備したらその分逆境を呼び込むだけ。

 戦うしかない。それが人生。

恵まれている

 何度も打ちのめされると、自分を叩(たたく)く者がいなかった当時を振り返り、普通であることが、どんなに幸せで、恵まれていたかを知る。

 逆に、多少、思うようにいかないだけで、不平不満を言うような人は、今の自分がどんなに幸せか気が付かないだけだ。現在の幸せに気付かないと、不平不満ばかり言うようになる。

 結局、どん底に落ちて、叩かれ、食べるものにも困るような、みじめな状態を、何度も経験するしか、幸せを感じる方法はないかも知れない。

 だから、不平不満を言ってばかりいる人に、神様はいつか、どん底の生活を経験させるようになる。幸せに気付くには、その人にとって、それ以外の方法はないと神が判断するからである。

 それは、そんなに遠い未来ではない。わがまま言っていれば、崖から転がり落ちるのは、もうすぐである。

2020年5月10日 (日)

そもそも私の仕事

 「人生は神の演劇」だという。「万人幸福の栞(しおり)」第17条では、劇作家(人生の作家)は(各個人ではなく)神だから、自分の判断で何でも好きなようにやればいいのではないと言っている。

 だとすれば、私が神から与えられている役割は何だろう。いろいろやって来たけど、結局、「人生(仕事)を解明する」ことが私の役割ではないかと思う。

 だから、銀行員やって、面倒な銀行業務を解明し、同僚や銀行がスムーズに仕事が出来るようにし、お客様や世の中に貢献するような仕事をした(神によってさせられた)のかも。

 また、お墓屋になって、今まで不透明だったお墓の値段やデザインを解明し、安価な墓石を提供したり、時代に対応したラクラク納骨墓石などを開発してきたのだと思う。

 さらに、幸福とか成功とかのメカニズムを解明し、万人が幸福になるようにする役割も与えられているのかも知れない。昨年、私が書いた幸福になるためのマニュアル「万人幸福の教え」は、神によって書かせられたといってもいい。それだけ、いい内容になっている。

 これを750部(プレ出版250部、本出版500部)作り、無料で配布している(出版費は約100万円かかった)。

 しかし、まだ命が残されているとしたら、これからさらに「解明」を続けてゆかなければならないと考えている。それが、現在取り組んでいる新規事業だ。

 また、私が解明した「幸福」のメカニズムを、身近な人達に教えてゆかなければならない。皆勝手に生きていたのでは、絶対幸せにならないからだ。家庭や会社や地域からけんかや争いをなくすのが私の役割だ。

 そこで、娘夫婦や社員などに、毎日、幸せになるためのコメントを書き続けている。私が教えられるのは、ほんのわずかな人数である。それが(少人数に教えることが)私の役割だと思う。

2020年5月 9日 (土)

得るは捨つるにあり

 誰にも出来ないことをやるには、結局、まず最初に「出す」ことだな。

 儲かるとか、損するとかでない。まず、自分で好きなことするために、自分でお金を「出して」やってみる。

 それが、儲かるとか損するとかは、自分ではなくて、お客様が決めること。

 私が特許商品作ると言っても、結局、自分でお金を出して設計し、部材を加工してもらい、職人さんに作ってもらう・・・。全部、自分もち。それが売れるかどうかなんて分からないし、気にしない。作ってみたくて仕方がない・・・・。

 そうして作った商品を展示したら、たまたま売れただけ。ワクワクして作ったから、売れたのかな・・・。自分が楽しいと、お客さんも楽しいのだ。

 一関霊園だって、最初に1億円出して、「自分は、こんな、誰でも気兼ねなく入れる墓地が欲い」というアイデアを実行したものだ。自分でお金を出して、好きなことやる。それがたまたま成功し、商売がうまいなんて言われても、そんなの後付けの解釈だ。後からなら、何とでも言える。

 正に、「万人幸福の栞(しおり)」第12条「得るは捨つるにあり」(P85)だ。何事も、捨てなければ、得られない。

 成功ばかりではない。いっぱいお金出して、多くの失敗を繰り返してきた。しかし、最後は思い通りの人生を歩んでいる。目先の欲に縛られ、出し渋りしては何も得られない。大事に抱え込んでいるから、何も得られないのだ。

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 ① 「チ~ン」と鳴る「さい銭箱」作りたかったけど、買う人がいなかったので、猊鼻渓と平泉に、作って寄付することにした(合計で100万円以上かかった)。大変喜ばれたのがうれしかったが、私には1円も入ってこない。

 しかし、それがキッカケとなって、後に「チ~ン」と鳴る特許墓石「リンナル」を発明し、評判となっている。

 ② 地元から戦中に流出した「釣鐘(つりがね)」の里帰りだが、持ち主が代替の釣鐘(つりがね)持ってこないと返さないという。代替の釣鐘は、当時約300万円したのだ。地元にはお金が無いので、交渉が10年以上にも及んでいた。

 たまたま話を聞いた私は、何とかしようと約200万円出して(寄付し)、代替の釣鐘を(その金額で)作ってもらい、里帰りを実現させた。

 それを見ていた地元の人が、私に、我が家の前の土地を譲ってくれるという話が急に持ち上がった。私が何十年と欲しいと思っていた土地だ。その土地を譲ってもらったおかげで、庭のない我が家に、なんと地元で一番の広い庭が出来上がった。

 やっぱ、「出す」って大事だな。「得るは捨つるにあり」だ。損得でない。欲しいと思ったり、ワクワクするところに出せばいいのだ。

誰にも出来ないことをやるということは

 誰にも出来ないことをやるということは、結局、難しいことをやるしかない。それは、かなりの回り道かも知れない。

 勇気を出せば出来る、という程度のものではダメだ。勇気を出す程度では出来ない、面倒で、細かくて、繊細で・・・難しいものをやらなければダメだ。

 「勇気を出してやっちゃえ!」「恥をかいても行った方がいい」という程度で出来るものは、成功するわけないでしょ。簡単に手に入れようとするから失敗する!回り道しないで、最短距離で行こうとばかりしても通用しないね。

 「万人幸福の栞(しおり)」第2条「苦難は幸福の門」では、「狭き門より入れ」(P30、5行目)と書いてある。面倒で、細かくて入るかどうか難しい、という門から入った方がうまくゆくというのだ。

 逆に、「滅び(ほろび)に至る門は大きく、その道は広く」と書いてあり、大きく、広い、簡単な門から入ると失敗するということだ。いくら勇気を出しても、簡単に手に入れようとする態度では、誰にも相手にされないね。

 そういう簡単なことばかりやっているから、何回やっても失敗ばかりするのだ。回り道したくない、すぐ手に入れたい・・・、そういう態度では、絶対、一生うまくゆかないね。残念!

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 結局、バカは絶対成功しないということだ。

 バカとは、頭が悪いということではなく、学んだり勉強したり、努力したりするのがそもそも嫌いだという連中だね。

 たとえ、中学校しか出ていなくても、いろんな本を読むのが好きだったり、素直に人の話を聞くような人は成功しているね。6年連続、長者番付日本一になった斎藤一人さんは、中学校しか行ってないけど勉強家だ。

 日本一にならなくても、幸せになるだけでいいではないか。勉強すればいいのだ。素直になればいいのだ。

2020年5月 8日 (金)

人が出来ないことをやる

 私の得意技。

 それは、人が出来ないことをやること。

   *銀行員は、お墓屋出来ない。

   *お墓の特許など誰も考えなかった。

   *お墓屋で、霊園作った人は全国でごくわずか。

   *専属住職制度、中々出来ないことをやってる。

   *誰でも5万円で納骨できる「みんなの墓」は他の寺では難しい。

   *今、さらに、誰も出来ないことやろうとしている。

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 逆に失敗したものは、誰でも出来るもの。

   *ラーメン屋

   *葬儀屋(葬儀屋は銀行員ならだれでもできる)

 誰でも出来るものやったら失敗する。ましてや、私はご飯も炊いたことがない。皆がやれることが出来ないのでは、失敗するの当たり前。

 だから、誰にも出来ないことをやる。これしか生き残る道はない。

 誰にも絶対出来ないことをやる。

得意中の得意技で勝負

 「何かしよう」と言っても、失敗ばかり。

 「何かしよう」ではダメ。

 「得意中の得意技」で勝負しなければ勝ち目はない。

 何かしようと、辺りを見回すのではなく、

 「自分自身をよく観察」することだ。

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 墓石業での数々の特許、一関霊園、みんなの墓、・・・でなぜうまくいって、

 その他のものでなぜうまくいかなかったか。

 自分の得意技を研究すべきである。

希望は心の太陽である

 「希望は心の太陽である」

 これは、「万人幸福の栞(しおり)」の第14条である。

 つらい、苦しい、悩む・・・、こんな時こそ「希望」を持つのだ。

 「希望」を持ってどうするのなんて、のんきなこと言っていたら、悪魔にやられてしまうだけ。

 私にとって希望とは、「大丈夫」と思うこと。

 何が「大丈夫」なの?って言われても、詳しいことは分からない。だけど、小野寺有一なら絶対大丈夫、幸せを倍返しでゲットして見せる!と思う。

 そう思うことが「希望」だ。

 そうして、いつも成功を勝ち取ってきた。絶対負けたことがない。最後は必ず成功している。・・・そう信じることが「希望」である。

 そう信じていると、いつも奇跡的なアイデアが浮かんでくる。

苦労ばかりの日々でよかった

 最近2~3年、苦労の日々ばかり。しかし、それでよかったと思っている。

 これ以上調子がよかったら、きっと、狂い死にしていただろう。人間って、調子のよい状態に「弱い」のではないか。

 コロナウイルスだって、アメリカ経済がトランプ政権のもとで「絶好調」というときに襲ってきた。突然、1929年の大恐慌以上の危機的状況になった。仕事をするどころか、外に出ることも出来なくなった。

 だから、現在、苦労ばかりの方が、実は安全なのかも。こういうときは、緊張しているから、悪魔は襲ってこない、というか、悪魔に襲われている状況だけど・・・。

 いずれ、もがいている。本当にもがいている。ここから、必ず脱出して、天下取ってやる。そう思って、アイデアしぼっている。こういう時が、実は、私にとって、一番幸せなのかも知れない。

聖君の誕生日

 今日は、聖君の12歳の誕生日。

 一関霊園の役員会が、当社事務所で17時30分から行われる。行事が重なってしまった。

 今朝4時30分に目がさめたので、そのまま気になっていた部屋を断捨離。使わなくなったものがいっぱい出てきた。遅くなったので、朝食食べないで出勤。今朝は、腹筋、腕立て伏せも無し。

 それでも、7時10分頃出勤。一応、5番目。8時30分、突然、事務所に依頼していた電気工事のため、電気屋さんが来る。

2020年5月 6日 (水)

生かされているうちは生きる

 断捨離(だんしゃり)していて気が付いた。

 捨てるのが大変。家じゅうゴミだらけ。だから、買ってくる奴は邪魔だ。もう、物はいらない。それでも買ってくる奴がいる。そんな奴は、死んでもらいたい。・・・けど、死なない。

 生きるか死ぬかは、自分で決められないからだ。

 邪魔な奴がいるという目で自分自身を見れば、私も余計なもの集めてばかり。土地、家、道具、商品・・・。捨てるのに1千万円単位かかるかも。だから、もう67歳にもなったんだから、買わない。もう買わない、と決めている。

 事業だって、やりたいものがいっぱいある。しかし、やってどうする。・・・老人の悪あがき、いやそれ以上に迷惑だ。倒産させれば、皆に迷惑がかかるではないか。自分もそれ以上に苦しむだろう。

 だから、迷惑かかるだけだから、何もやらない。とすれば、死んだようなもの。死んだ方がいいかも知れないと思う。しかし、死なない。生かされているのだから、死なない。ではどうすればいい・・・・。

 私は、生かされているうちは生きるしかないと思う。そして、だとすれば、次のように生きるしかないと思う。

 ① 誰にも迷惑かけない。

 ② 世の中の役に立つ。

 ③ 人生を楽しむ。

 ①が最優先、①が出来れば②に進む、③は最後だ。①②の範囲内で③の人生を楽しむ。

 多くの人が、自分の人生だから楽しまなければ、と思っているのではないか。③を最優先する。しかし、そのほとんどは、誰かにとって、世の中にとって「迷惑」である。死んでほしいと思われる人生を歩んでいる。

 そんなの「迷惑」でないでしょ!って言っても、「迷惑」かどうかは自分が決めるのではない。相手が決めるのである。「迷惑」かどうかに関しては、相手の言う方が100パーセント正しい。

 だから、最低①誰にも「迷惑」かけないように生きる。生きるって、誰かに「迷惑」かけることでしょ、って言う人が多い。しかし、それは違う。「迷惑」かけたりかけられたりして生きるのが人生でしょ、っていう人がいる。そういう人に限って「迷惑」かけっぱなしだ。そういう人こそ邪魔者だ。

 健康でいる限り、誰にも迷惑かけてはダメだ。絶対ダメだ。そして、迷惑かどうか100パーセント相手が決めることだ。

2020年5月 5日 (火)

バーべキュー

 一昨日、帰宅途中、バーベキューしている家庭が3件。当社の社員もやったらしいので、私が知っている限り同時に4件。

 それを家で話したら、我が家でも昨日バーベキュー。5台駐車している駐車場が広いので、いつもそこでやっている。電気は使えるし、天井は高いし、一応屋外気分だから、最適な場所だ。(バーベキューは炭火。)

 しかし、正直、私は、ああいう面倒な食事は苦手。川原でバーベキュー大会やるなんて聞くとすごく疲れる。

 原因は、食事作ったことないからだと思う。ご飯炊いたことない、みそ汁作ったことない、魚も肉も焼いたことない、野菜を料理したことない、卵焼きも出来ない・・・・・。

 だから、目の前で料理なんかされたら頭が痛くなってくる。食べるだけでは申し訳ないし、かといって何も手伝う気がしない。料理は台所でやって、出来たもの持ってきてよ、という気持ち。

 しかし、子供たちが(そういう食べ方)好きだし、孫たちのためにも我慢している。肉食べながら、広い庭で聖君はバスケットしたㇼ、千穂ちゃんは縄跳びしたり・・・。ま、いいか。

 バーベキューは後片付けも面倒。おれって、本当に食べることに関して、あまり真剣にならない。何でも食べる、栄養バランスは勘で気を付けてる、量もしっかりとる。好き嫌いは全くない。だから、逆に、こだわった食べ物はダメ。味の違いは全く分からない。ただ、マズくなければいい。

 ハシでなんかつまんだら、下に落とした。みさ子に、これ(落としたの)何?。肉?・・って聞いたら、「それ、玉ねぎでしょ」、「本当にお父さんは楽(らく)なんだから」だと・・・。

 食べ物にこだわらないから、扱いやすいらしい。

2020年5月 4日 (月)

仕掛けてくる女

 千穂ちゃん、昨日はワンピースのミニスカート。

 アイツは、仕掛けてくる女だ。

 一応、ひとこと言った。

 「オイ、パンツ見えるぞ!」

 あっ、孫のこと。

 聖君との体重差、この前10キロと言ったが、

 昨日、正式にお互い計ってみた。

 聖君42キロ。

 オレ63キロ。

 差が20キロじゃないか!

 70メートル競走、

 5キロの重り4個つけて競争しているようなものだ。

 20キロのセメントの袋かついで走っているようなものだ。

 聖君12歳、オレ67歳だけど・・・。

2020年5月 3日 (日)

想定外のお墓屋

 だから、お墓屋だからと言って、お墓屋として、じっとお墓屋だけやるのではなく、想定外のことをやるお墓屋をしなければ、私らしくない、色気が無いお墓屋になってしまう。

 銀行員がお墓屋をやったり、お墓屋が、今挑戦している〇〇やったり、〇〇がお墓屋やったり・・・・。

 面白いことやっているんだ、と話題になるような生き方って大事だな。ボランティアや寄付だっていい。自分らしく、自分を主張しながら、思いっきり羽ばたけばいい。

 お墓屋だから、地味な仕事やってるわけだけど、それはその通りなんだけど、しかし、違う、どこか違う、オレは全く違う、という生き方って大事だな。

2020年5月 2日 (土)

地味な仕事を華やかにやる

 お墓屋は、華やかな仕事をやっていると思ったら、地味な仕事だったのだが、なぜ、華やかな仕事に思えたかには訳がある。

 お墓の基本的な形を維持しながら、納骨方法などについて、数々の特許を取り、先端の技術を取り入れていたからである。主な墓石本体の特許だけでも

    ①あかり・・・息つき穴、ラクラク納骨

    ②ハチガード

    ③千年の祈り・・・二重納骨扉

    ④リンナル

    ⑤思い出・・観音彫刻

    ⑥ラクラク彫刻

    ・・・などなど、多数。

 その他、数々の新外柵や霊園、みんなの墓など、多くの新製品を生み出してきた。だから、自分的には華やかだと思っていたのだが・・・。地味な仕事に思えてきたのは、最近、新しいのを開発していないからかも知れない。

 このまま、地味にやっていたのでは、本当に老けてしまう・・・ということか。

派手な仕事

 今まで、ずっと、お墓屋は派手ハデな仕事だと思ってきた。

 自分中心でしか考えられない私は、自分の仕事をそう思っていた。

 しかし、最近、コロナウイルスで、星野源とか人気のユーチューバーが話題になっているのを見るにつけ、時代に合わせて、何も変化できない自分を、なんとも「地味な仕事」やっているのだと、思い知らされた。

 というわけ。

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 昔、背がすごく小さくて、丸顔の北日本銀行の頭取の講演聞いたことあるけど、東北弁丸出し、田舎弁丸出しで、かなりなまって話していたが、彼が「自分としては標準語でしゃべってるつもりですが・・どうですか」と言ったのを聞いて、本人は自分のこと分からないものだと思った。

 それと同じで、私も自分のこと分かっていないのかも・・・。

2020年5月 1日 (金)

地味な仕事

 ネットで稼いだり、多くの観客を集めたりして商売するのに対し、

 我々お墓屋は、契約もらって、設計し、石材加工し、その石材に彫刻して、それを建てる。

 運搬は、超重いだけでなく、建てるまでに傷つけたらまた加工のやり直し。

 一人ひとりの要望を聞き、一つ一つ丁寧に仕上げる。

 本当に、地味な仕事だと思う。

 地味過ぎる。

断捨離(だんしゃり)中

 今、我が家は、断捨離(だんしゃり)中である。

 女(妻)が、物を買いたい放題買って、家の中が物であふれると、男(夫)が死ぬ、と言ったら、娘が急に家の中を整理しだした。

 タンス、着物、服、各地のお土産などなど・・・・・、出るわ出るわ。各部屋からのゴミが、16畳の座敷に集められ、あふれかえった。それを、少しずつゴミに出している。各部屋もきれいになってきた。

 夫が甘いのをいいことに、妻がやりたい放題すると、夫はあきれて、ついには病気になったりして、「死という自然現象」で抗議するようになる、と言って聞かせた。

 特に、母に言いたいけど、かなり、手遅れ。父は死んだし・・・。娘も母(祖母)に似て、買いたい放題。伸伍君は甘いので、何も言わない。そうしているうち、家の中は母と娘の物でいっぱい。伸伍君のおもちゃも多いな・・・。

 家を大きくすればするほど、物が比例してあふれてくる。いい加減にしてほしい。一番いいのは、広い屋敷が、何もなく広々としていること。

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 なぜ、娘が言うこと聞くようになったか・・・。

 今年(1月)から、本格的に、倫理の勉強をしてもらっているからだと思う。具体的には「万人幸福の栞(しおり)」17ヵ条を毎日1条ずつ読んで、感想書いてもらい、私がそれにコメント(説明)書いて教えている。ずっと、続けている。

 つまり、人生、どう生きれば幸福になるのかということを教えている。

 この「万人幸福の栞」は、社員全員に読んでもらっているが、特に、営業の社員は、娘よりずっと以前から、娘がやっているのと同じように、感想を書き、私が解説(コメント)を書くということを毎日やっている。

 倫理(道徳みたいなもの)を勉強し、しっかりした人間にならなければ、営業も工事も、家族や地域の人間としてもうまくゆかない。私は20年以上前から取り組んでいるが、これを、これから20年かけて、皆に引き継いでゆきたいと思っている。

 当然、娘の例ではないが、成果は出ている。やらなければ(行動しなければ)、分からないのと同じである。やらなければ、病気になったり、事故が起きたりする。幸せは来ない。

 たとえば、7条「病気は生活の赤信号」・・病気は、生活のゆがみを正せと言うシグナル、8条「明朗は健康の父」・・明るくしてれば病気も去る、14条「希望は心の太陽である」・・希望を持つからついてることが起こる、15条「信ずれば成り、憂いれば崩れる」・・信じられる自分になれ・・・、このように、幸福になるための基本が書いてある。

 ちなみに、断捨離(だんしゃり)は12条「得る捨つるにあり」、13条「本(もと)を忘れず、末を乱さず」などの教えか。

 ところで、私のコメントは長い(長文)。一人に対し3ページ以上に及ぶことがある。それを、何回も何回も繰り返す。簡単に分かるなら、20年の歳月はいらない。でも、せいぜい、3年で分かってもらえるよう、コメントは長文になる。

 コメントは主に具体例。私が経験した失敗例も多い。私のような失敗を繰り返してほしくないという思いと、私のように豊かになってほしいという思いを込めて、具体例を書いている。

 各自の感想も面白い。いろいろな感想書いてくれるから、コメントに力(ちから)が入るのかも。

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