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2020年7月31日 (金)

有一の特許

 今、考えているとこじゃ。

 専売特許じゃ。

2020年7月30日 (木)

特許は気がきいた商品の象徴

 特許は、気がきいた作品を作ろうとする私の人生の象徴だと思う。

「気がきく」

 私の人生のキーワードは「気がきく」という生き方。

 何をするときも、相手のため、世の中のために「気がきく」ようでありたい。

 私がつくるお墓は、他の人がつくるお墓に比べ「気がきいてる」と言われたい。皆そう思って仕事しているのかも知れないが、私はその思いが非常に強い。

 現場は、同じものが2つとない。皆、状況が違っている。その1つ1つに最も適したように、「気がきいた」設計しようと心掛けている。そのためにアイデアを振り絞っている。

 したがって、担当者が設計したお墓は、ほとんど私の手でさらに修正され、ワンランク上のものになっている。結果、お客様から評判がよく、長年仕事をいただいているのだと思う。

 お墓作りだけでなく、日々、何で対しても「気がきく」生き方をしてゆきたい。

2020年7月29日 (水)

キーワード探しの人生

 私の人生は、キーワード探しの人生だ。何かキーワードをもとに、人生を展開してゆく。

 最初のキーワードは、「銀行以外の仕事をすること」だった。転職して、いつしか「独立すること」に変わった。独立してからは、お墓屋として、他社に負けない墓石を作ること。そのためのキーワードは「特許」だった。

 「特許を取った引き戸の問題点を解決する」というキーワードで生まれたのが「ラクラク納骨」である。ラクラク納骨は、納骨するために考えたのではない。次に、「ラクラク納骨を進化させたい」というキーワードで「千年の祈り」が生まれた。「チーンとなる墓石」というキーワードで「リンナル」が生まれた。

 商品の方向性に迷っていた時「猊鼻渓」というキーワードが浮かんだ。そこで生み出したのが「チーンと鳴るさい銭箱」や、「運太郎おみくじ」だ。収入にはならないが、どちらも猊鼻渓で大人気である。

 キーワードが浮かぶと、必ず解決する手段を考える。それが私の人生かな。

 今も、キーワードを持って挑戦している。

表白(ひょうはく)

 表白とは、気持ちを文章や言葉で表すこと。

 法要の初めに、その趣旨を表現する美文章。

2020年7月27日 (月)

安倍のマスク

 安倍のマスクを、まず付けて、その上から、使い捨てのマスクをする。

 使い捨てマスクは、カッコはいいけど、紙みたいですき間だらけ。

 安倍のマスクは、カッコ悪いけど、厚くてすき間も少ない。

 だから、まず、安倍のマスクを付けて、その上から使い捨てマスクを付ければ、効果は二倍になる。

 しかも、安倍のマスクは、洗濯OKだし、表に出ないから何回も使えるのではないか。

2020年7月26日 (日)

運を呼び込む

 運を呼び込むには

 ①言葉では、「ついてる」「できる」「大丈夫」と言う。

 ②態度で現わせば、「笑顔」

 逆境から抜け出し、幸運を呼び込む。

2020年7月22日 (水)

背水の陣

 方向も、目的も、目標も、何も見えない?

 今、手につかんでいるものしかない?

 背水の陣か。

2020年7月21日 (火)

魔法

 新規の事業申請書が順調に仕上がっている。

 平成17年に挑戦したけど、役所の申請が通らなかった。

 あれから、なんと15年経ったのだ。いろんな要素がシンクロナイズして集合し、申請できるようになっていた。

 全て、難しすぎる要素ばかりだったので、信じられないというか、今や「当然」になっているのが信じられない・・・。

 そればかりではない、不可能だったいろんなものが、魔法にかかったように、次々に現実化している。ず~っと夢だったものが、次々に目の前に現れている。

 夢か現実か、境が分からなくなってきた。思い続けていると、魔法がかかるのだ。

2020年7月20日 (月)

セミ

 一応、セミ、助けたんだけど、成虫になり切っていない若いセミだったので、体力もたなかったみたい。

 夕方まで生きていたんだけど、今朝、死んでた。

2020年7月19日 (日)

セミとクモ

 朝起きで庭に出たら、セミが近くの木から飛び出しで飛んでいった。どこに行くのかと思って見ていたら、我が家の2階の壁にとまろうとしてウロウロしている。

 そして、壁づたいに、どこかとまる場所を見つけようとしていたら、空中で急に止まった。クモの巣につかまったのだ。

 早速、1センチくらいのクモがやってきてセミに襲いかかろうとするけど、セミもバタバタしてなかなか近づけない。そのうち、セミの方が力尽きて動かなくなった。

 またクモがやってきて、セミに乗りかかった。

 クモは仕事しないで、セミを食べて生きようとするなんて・・・。クモがセミを食べるのが仕事だとすると、セミを食べて、何か世の中のためになるのだろうか・・・。

 いや、まて。じゃあ、セミの方だって、何か世の中のためになっているんだろうか・・・。ぼ~っとして、ず~っと眺めていた。

2020年7月18日 (土)

間違っていなかった

 20年ぶりのジョギングで、一気に2km走り切ることが出来たということは、普段の腹筋、片腕立て伏せ、1250回(現在2500回)の足踏みが、他の運動と匹敵し、間違っていなかったということ。

 ただ、それらは、筋力運動であっても、有酸素運動ではないような気もするので、若干、有酸素の要素もプラスアルファしたメニューを取り入れることにした。

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 私の仕事は、今まで誰もやったことのない創造的なもので、しかも細かな神経を使い集中しなければならない。

 一方、70歳近くなると、集中力があっても、集中心が無くなっているので、ちょこちょこ運動しながら、短時間集中をを繰り返す方法で、一日仕事するようにしている。

 というわけで、運動はダイエットだけの効果を期待しているわけでない、ライフワークだ。

「当てる」のではなく「当たる」

 弓で的を射るとき、達人は「当てよう」とするのではなく、矢の方が勝手に「当たってゆく」イメージだとか。

 「いい人を探そう」「当てよう、当てよう」とあせっても当たらない。・・・・矢にまかせてスッと放つ。・・・・・矢の方が勝手に当たってゆく。

 求めて、努力して、行き着くところ、そんなイメージになるのかな。

変わらない

 体重62キロで、一昨日1・5km、昨日2kmジョギング(これで3日連続)しても、減らない。63・5kgから62kgにはなってるけど、そこからの話。

 特に、昨日は走る前計って、2km走った後に計っても、全く変わらない・・・・????

 しかも、昨日の夕飯は大好きなライスカレー・・・・・・!!!!!!!

 どうなってんの?

2020年7月17日 (金)

急展開

 人事について、従来の予定を変えて、新しい方式に急展開させた。

 その結果、難しい課題が多くなった。

 しかし、「出来ない」理由を並べ立てるのではなく、どうすれば「出来る」か考えなさいと言った。

 「出来ない」からやらないのではなく、やりながら、目の前の問題をアイデアによって解決して進むように指示した。

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 簡単な方を選ぶより、難しい方に幸福の道あり。

 簡単な方が手こずり、難しい方が実は優しい。

 「万人幸福の栞」第2条「苦難は幸福の門」である。

2020年7月16日 (木)

お盆までラストスパート

 お盆まで1カ月を切ってしまった。チーム数を増やして仕事しているが、追いつかない状態なので、頭をしぼっている。

 「大丈夫」「できる」と自分に言い聞かせた。

 全て自分の責任だと思えば、アイデアはどんどん湧いてくる。それにしても、もう40歳になろうとしている後継者達よ、もうすぐ70歳のオレにいつまで心配かけるのだろう。

 こうなれば、100歳まで社長をやってやる、と自分に言い聞かせた。

強硬手段

 このままでは動かないと思って、強硬手段にでた。

 ダイエットのこと。

 昨日、たまたま早く帰ったが、夕飯まで時間があるというので、思い切ってジョギングすることにした。ノンストップで2km。短距離と全く違って、足がすぐ上がらなくなる。

 しかし、毎日鍛えているので、久しぶり、ほぼ20年ぶりの長距離だけど何とか走り切ることが出来た。意外に行けるものだ。

 帰ってきたら、クタクタ、しばらく息が上がったが、結果は想定通り。・・・・ダイエットの結果のこと。

 一気に62kgを割ってきた(61・9)。毎日やれば、すぐ60kg割ってくると思う。

2020年7月15日 (水)

少し動いてきた

 7日から、再度ダイエットに挑戦してから9日目。大体2~3日ぐらいで、少し体重が下がってもいいはずが、昨日の朝まで全く動かないで63・5キロに張り付いたまま。

 食事の量を減らし、腹へっているのを我慢して間食もしないでいるのに、こんなに頑張っているのにおかしいとあきらめていた。

 こうなったら、服脱いで、パンツ一丁で計るしかないと、昨夜やったら62・8キロ、63キロを割っていた。少し動いてきたような気がする。

 台所に計量器があるから、みさ子と恵美が白い目で見ていた。聖君と千穂ちゃんは見て見ぬふり・・・。

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 今回は、ダイエット自体が目的でないので、腹へっても我慢しようという気合が入っている。

何がやってくるか分からない

 私の、長い仕事がいよいよ終盤に差し掛かってきた。

 一つの文章を仕上げるのだが、もう、2カ月近くかかっている。書く題目(40項目)はあらかじめ決まっているのだが、構成や言葉使いに苦労しっぱなし。

 何も頭に浮かんでいない状態で、紙の上で鉛筆を走らせると同時に、構成、言葉が生み出されてゆく。そんな危なかしい作業の連続だったが、とうとう最後までたどり着けそう。

 あらかじめ想定されていない。何がやってくるか分からない。生まれたものを、そのまま書き留め、受けいれる。目的を持ってやってるんだけど、創作活動は感性である。

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 面倒な仕事がここまで進んだのは、東京出張後の1週間の自宅療養期間での作業のおかげ。ずっと、会社に来て書いていたら、気が散って、あと数か月手つかずだったかも。

 全てがラッキーだった。というか、スキを見逃さないで仕事することだ。

2020年7月13日 (月)

小さいことが原因だと

 日本の生産性は、先進国で最下位(28位)だとか。その原因は、中小零細会社にあるという。

 働き方改革といっても、AI導入といっても、中小零細では意味が無く、設備の負担が増えるだけで効率はますます悪くなる。

 生産性を上げるには、大きくなることだと。小さくなれば強くなると思っていたけど、大きさって大事なのかな。

 新しいこと始めるのは、小さくやるのではなく、大きさを目指さなければ、やる意味無いのかも知れない。

2020年7月12日 (日)

何をしたか

 いろんなことに興味があって書いてるけど、

 私は自分がどういう人間かということに関心が無い。

 自分が何をしたかが大事だと思っている。

2020年7月10日 (金)

なぜ長く噛めばいいのか

 口の中で、長く噛んでいると、脳が満腹と勘違いするといったが、そればかりではない。

 長く噛んでいると、全てのものが同じように糖質化し、最初、何を食べたのか分からなくなる。

 したがって、ご飯を食べても、トウモロコシを食べても、カモメの卵を食べても、噛み続けていると口の中は、結局、皆同じということだ。

 つまり、おいしいメロン食べたとしても、長く噛み続けると、メロンもトマトも、のどを通る頃には、結局同じものになってしまうのである。何か特別においしいものを食べたという実感は、最終的には無くなる。

 肉も魚も一緒、長く噛むと分からなくなる。

 したがって、一瞬、カモメの卵か・・・、と思っても、どうせ何食べても同じなんだからと、我慢できるのだ。カモメの卵にこだわっているようだけど・・・。

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 逆に、おいしく食べるには、メロンを食べてるという印象が残っているうちに「ゴクン」とのんでやる、自分は今、カモメの卵を食べているという印象が残っているうちに、のどを通してやれば、特別なものを食べたような気持になるのである。

 噛み過ぎないことが、おいしくいただくコツだな。ダイエットしない人はこれだ。

「悟り」ひらいたね

 この前、事務所に、お世話になっているお寺の副住職(30歳~35歳?)が来て、担当者と話していたので、私も少しの間対応した。

 ずっと、お世話になっていたのだが、私は2回目の対面、終始笑顔。

 帰り際、見送ろうと外に出たら、急に振り向いて、「社長、悟りひらいたね」という。

 何か気になったのかも知れない。いつも、苦しんでいるので、修行しているように見えたのかな・・・?

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 その、ずっと前、今年1月ころ、お世話になった社長に10年ぶりに再会したときは、ずっと笑顔でしゃべっていたのだけど、「社長、目が厳しくなったな」と言われた。

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 今、ダイエットのためか、顔がさらに厳しくなっているかも。

 誰とも会いたくない。

2020年7月 9日 (木)

お土産

 今日もらったお土産は、期間限定の、ブルーベリーの「カモメの卵」だと・・・。

 八千代さんが、私の顔の前を通って、そのお菓子を皆に配っていた。

 ぐっと、我慢するしかない。

脳が勘違い

 口の中に、ほんの少ししか入っていなくても、噛み続けると、脳がいっぱい食物を得ていると勘違いする。

 さらに、何も入っていなくても、噛むしぐさを続けていると同じ効果になる。

 脳が、常に満腹感を覚える。

 ダイエットの本質だな。

2020年7月 8日 (水)

当たり前

 そういえば、20~45歳くらいの間は、ずっと55~57kg程度だったな。

 間食はしなかったし、そもそも、コーヒーなど飲むものではないと思っていた。

 しかも、会社から帰ってくると、毎晩4~6kmの長距離を全力で走ってから夕食を食べた。皆が走っているようなジョギングなんて気楽な走りではない、きつい走りだ。

 それが、いつからかコーヒーを覚え、ちょっと間食し・・・。気がついたら、67歳の今では、コーヒーは好き、間食OK、家に帰っては夕食パクパク・・・。

 おかしいと思っていても、当たり前となっていた。昔の当たり前に戻せばいいだけのことである。

ダイエット

 訳(わけ)あって、再びダイエットに挑戦している(昨日から?)。

 前回の挑戦は、67~68kgまで増えてしまった体重を62kg程度にすること。で、一旦、63kgになり、現在63・5kg。なんとか許容範囲内にいる。

 ところが、相変わらず(少しはへっこんだが)腹は出ており、インターネットの標準体重の計算式によれば、身長170センチの人は「1.7×1.7×20~22」が適正だとか。

 計算式の係数20~22で、最小20を使えば、1.7×1.7×20=57.8kg、最大22を使えば1・7×1・7×22=63・5kg。ちなみに身長155センチの人は、1・55×1・55×20=48kg、最大は1・55×1・55×22=52・8kgのような計算になる。

  標準体重がどうのこうのという理由ではないが、今回、訳あって何としても体重を落とさなければならないので、57kgを目指してダイエットすることにした。

 対策は、朝、昼、晩3食の食べる量を少し減らし、食事時間を通常より3倍長くとることにした。口の中で噛む時間を長くとることで、空腹感がなくなる!!

 そして、間食は一切しない。お茶か水だけを飲むことにした。

 誘惑は多い。会社では職人さんが帰って来た時出すお菓子がいっぱい。また、お客様からもらったお菓子などは、おいしそうなものばかり・・・。佐々木せんべい、金時饅頭(きんときまんじゅう)、カモメの卵、東京バナナ・・・。コーヒーも飲みたい・・・。

 そこを目的のため、グッと我慢する。やるしかないのだ。

 決めたことをやり遂げる。自分ってすごいと思う。本当にすごいと思う。

2020年7月 7日 (火)

放てば手に満てり

 「放てば手に満てり」とは、自分の手に、ジッと握っているものを放てば、全てのものが手に入る、という道元禅師の教え。

 自分とか相手とか、二元的に物事を見るから、自分のものを握りしめるようになる。

 自分も相手も、原子で出来ている宇宙の一元的な存在であるということを意識すると、私も無い、あなたも無い、ただそこに存在しているにすぎない(柳沢桂子著:生きて死ぬ知恵)という世界にたどり着ける。

 これこそ、真理である。

みんなの墓

 5万円で納骨できる「みんなの墓」に、他県の役所からの申し込みが相次いで来るようになった。

 次第に、皆に認知されるようになってきた。

2020年7月 6日 (月)

どっちが正しいか

 プロ野球で連続出場記録をもつ衣笠選手は、親が死んだという知らせが来た時もバッターボックスに立っていたという。

 また、海外に行って活躍している人達の多くは、同じような事態になった時、必ずしも任務を誰かに任せて帰国しているとは限らないだろう。

 もっと、踏み込んで、現実的に考えてみる。

 衣笠選手が、親が死んだということで、葬儀のため家族のもとに帰ってきたとする。田舎だと、まず、家族が中心となって、遺体を着せ替えたり、その際、顔や手や足を拭くしぐさや、着物を遺体に着せるのに、腕が通りづらいとか、足袋(たび)はどうのこうの、さらに草履(ぞうり)の履かせ方はどうの、ひもはこう通すとか・・・、そういうのやるか、やるところに立ち会わなければならないの?

 火葬までの間の行事は、お悔やみにくる連中への接待、接待、接待、接待・・・・・!!火葬が終わっても、葬儀までの期間、お悔やみに来る連中への接待、また接待・・・。

 葬儀も同じ・・・。

 プロ野球界の大選手も、親せきの前で小さくなって、ひたすら接待、接待・・・。

 そんなこと、故人も、家族も、神も、だれも良しとしないであろう。親が「死んだ」。それで全てである。お寺にも、縁者にも、誰にも気づかうことのない、厳粛な宿命を受け入れるだけ、それでいいのではないの?

 当時、親、親せきの死に際し、帰ってくる、帰ってこない、どっちが正しいの?って思ったけど、葬儀屋によって、粛々と処置されていれば、それ以上、何も問題ないと今思う。

葬儀が完全に変わる

 昨日、いとこが亡くなったという知らせを受けて、安置されている水沢の葬祭センターに行った。

 既に葬儀屋との打ち合わせ(火葬、葬儀等の日程)は済んでいたが、コロナウイルスの関係で簡素化。入棺も火葬も身内の者だけで行い、食事などの提供も全くなし、火葬から収骨までの1時間の休憩中もペットボトルのお茶だけだという・・・。

 そういえば、従来、誰かが亡くなったと言えば、親せき、親類、縁者が集まり、その都度おやつ、食事、おやつ、食事・・・・、延々と続く接待だったな。

 それが全くない。最初はこれでいいのかと思ったけど、よく考えてみれば、これでいい、こうでなければダメなのだ。

 葬儀が完全に変わろうとしている。世の中が大きく変わろうとしているかも知れない。本当に、私の望む時代に突入してきた!という感じだ。過渡期は何かとトラブルがつきもの。慎重に、しかし、確実に新しい時代に変えてゆかなければならない。

2020年7月 5日 (日)

365歩のマーチ

 昔、水前寺清子が歌った「365歩のマーチ」は、「幸せは歩いてこない、だから歩いて行くんだよ・・・」の歌い出しで始まる。

 今朝、その歌詞の中にある「3歩進んで2歩下がる」という部分をなぜか思い出し、何であんな表現(歌詞)になったんだろうと考えていたら、急に分かった。

 3歩進んで2歩下がるということは、3-2=1で、人生は1歩ずつ進んでいるんだということ。

 誰もが、一気に3歩も5歩も進みたいと思うのだけど、いずれ、逆境に遭遇して押し戻され、結局、人生は1歩1歩前に進むしかないようだ。

2020年7月 4日 (土)

本日より出勤

 6月25日から27日まで3日間東京出張。28日から昨日まで、東京出張の後遺症で、なんと6日間も在宅勤務。

 在宅勤務では、懸案の原稿を書くことが主な仕事で、会社では手が付けられないような仕事が出来た。といっても、そこは在宅、ほとんどの時間は部屋の後かたずけをしていたような状態。

 30年間積み重ねていた書類をすべて処分したほか、厚く積もったほこりをとったり、窓ガラスを拭いたり・・・。書類を処分しようと思ったら、昔のなつかしい写真がいっぱい出てきた。

 平成3年から約5年間、化粧品(資生堂とカネボウ)販売の店舗を経営していた時の伝票や書類がそのまま残っており、その処分だけに半日かかるなど、思い出のもの全て、バッサリ処分した。捨てずに残しておくというのが私の考え方なんだが、もういいだろう・・・。

 私が使っているわずか16畳の部屋をかたずけるのに6日間のうちのかなりの時間を使ったような気がする。おかげでスッキリしたけど、こんな非生産的な過ごし方でいいんだろうかと思って暮らしていた。

 在宅勤務していると、会社に行っている意味、仕事の本質、自分が生きている理由・・・、いろいろなことを振り返るキッカケとなった。

 約60歳まで馬車馬のごとく走り、駆け抜けてきた人生と、これからの人生の在り方・・・。結論的には、次世代に事業や考え方を継承するための人生と、今までの経験をもとに、新しい世界を創造することが主な仕事だと思う。

 特に、継承に当たっては、全て文書にするということ。今書いている原稿もそのことである。また、在宅ではなく、会社に出勤する意味もしっかり考え直さなければならないと思う。

 当社は、仕事は全て社員がやっており、私とはほとんどスマホや電話で打ち合わせ出来るのに、私が会社に来た結果、どういうプラスがあるのか・・・ということである。コロナウイルスをキッカケとして、多くの会社が経費がかかる事務所を廃止している現状は、私自身の身の置き方と一緒なのである。

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